第二百六十二話 ただのルディのお嫁さん
「アインツ……貴方ね? どーしてくれるんですか、この雰囲気。折角ルディといい雰囲気だったのに、一気にテンション下がったんですけど?」
ジト目を向けるクリスティーナ。そんなクリスティーナに軽く手を振って、アインツは口を開いた。
「それは失礼。だが……まあ、これは大事な話だろう? スモロアだって絡む話なんだからな?」
じっと見つめるアインツに、『うっ』と息を詰まらせて視線を背けるクリスティーナ。そんなクリスティーナから視線を外し、アインツはその視線をルディに向けた。
「ああ、まずは……おめでとう、だな。どちらかと言えばルディではなくクリスに向けるべき言葉かも知れんが」
「いいや。ありがとう、アインツ」
「まあ、クリスの恋慕は俺たちも幼いころから知っている。だから、この展開は非常に喜ばしいと言える。言えるが」
一息。
「流石にスモロア王家も『王兄殿下』に、秘蔵っ子たるクリスを嫁がせることは無いと思うぞ?」
アインツのその言葉に、ルディは肩を竦めて見せる。
「……そうかな? クリスが……まあ、口幅ったいけど僕の事を好いてくれている事はスモロア王陛下もご存じだよ? 加えて陛下は、クリスには『甘い』しね? クリスが『お願い、お父様』と言ってくれれば、きっと頷いてくれるんじゃないかな?」
ルディの脳裏には人の好い――国王陛下という、権力の伏魔殿のトップにいるとはとても思えない程の優しい笑顔を浮かべるスモロア王の顔が浮かんで消える。何処の家もそうだが、基本的に女の子には甘いのだ、この世界の『オトウサマ』は。
「スモロア王ならばその可能性もゼロではない。ないが、スモロア王はああ見えてクレバーな政治家だ。自身の……まあ、クリスが言っていたから良いか。自身の持つ『良物件』を、政治的に価値のない王兄に嫁がせる様な事は無いだろう」
どうだ? と視線だけでクリスティーナに問いかけるアインツ。そんなアインツの視線に、気まずそうに身を捩った後、言い難そうにクリスティーナは口を開いた。
「そう……ですね。確かにルディが『王兄』と、『王太子』ならば、お父様はきっと『王太子』であるルディを好むでしょう。あ! で、でも、ルディ! 心配しないでください! 私はルディに無理をさせるつもりはありません!! 大丈夫です!! 仮にお父様が反対したとしても、お父様を納得させる手管の十や二十、直ぐに思いついて見せます!!」
「……怖いんだが」
真剣な――完全に『キマッた』目でルディに言い募るクリスティーナに、アインツがため息を吐きつつその言葉を吐く。アインツは知っている。このクリスティーナという女、やると言ったらやる女だという事を。ガチモンなのである、クリスティーナ。
「……まあ、それは置いて置け。それに、俺的にも勿体ないとも思うんだ。クリスは、まれにみる傑物だしな。『たかだか』王の兄の配偶者、なんて立場にとどまって貰うよりは、もっと大きな世界で活躍をしてくれれば、とも思う。欲を言うなら、それが我がラージナル王国の為であればいう事は無いが」
ちらりと視線をクリスティーナに向ける。アインツの視線を受け、クリスティーナは『はぁ』とため息を一つ。
「……ルディと結婚して、ルディの為になるのであれば……まあ、私の力を使うのは別に構いませんよ。ですが、それがルディの足かせになるのであれば、そんなものは必要ないです」
そんなクリスティーナの言葉に、アインツの眉がピクッと動く。
「……ほう。『女にしておくには惜しい』と言われ、政治的な才覚に優れる才女と呼ばれたクリスティーナ・スモロアが、か? クリス、別に政治的なことは嫌いでは無いだろう?」
クリスティーナの政治的バランス感覚は高い。各国のパワーバランスや、求められる振舞いまでを計算しているし、なんなら周辺諸国の経済力や軍事力まで頭に入れて立ち回りをしている節すらある。
「あたら才を持つクリスが……まあ、言い方は悪いが、ルディの配偶者として田舎に引き籠るのは如何なものかと思うが?」
「ルディが王位に就かなくても王兄、きっとルディには高位の……公爵や侯爵クラスの爵位は与えられるでしょう。加えて、今のラージナルに大きな土地はない。少なくとも高位貴族に分け与えられるほどの大きな土地は、ね。加えてエディはルディ大好きですし、出来れば王都に居て欲しいと思うでしょう。なので、片田舎に引き籠る展開にはならないでしょうし」
そう言って、視線をチラリとルディに向けて。
「そもそも――前提条件が違いますよ、アインツ? 政治的才能? 才女? そんな評価、私には必要ありませんし、別にフィクサーになりたい訳でもないですし、大陸を裏で操るキングメイカーになりたい訳でも無いんです」
私がなりたいのは。
「ただの、ルディのお嫁さんです♪」
蕩け切った笑顔で、クリスティーナはそう言って見せた。




