第二百六十話 君を悲しませてまで、守る価値はないから
「……クリス」
「私はルディのお嫁さんになりたい――というより、ルディのお嫁さんが現実的な選択肢で取れる最低ラインなんですよ。だからまあ、私の気持ちとかそんな事関係なく、ビジネスライクな感じでどうですかね? 先ほどは寵愛なんて言いましたが――」
「クリス」
「――……なんですか?」
クリスティーナのその感情のこもってない瞳をじっと見つめた後、ルディは『はぁ』とため息を吐いて頭をガシガシと掻いて見せる。
「……ごめん。それと…………ありがとう」
その後、にっこりと笑って見せる。そんなルディの笑顔に『うぐぅ』と言葉を詰まらせて。
「……何に対する謝罪と謝礼でしょうか? 先程言ったように、ルディとの結婚はお互いに――まあ、具体的には私にメリットがある展開ですよ? なので、その様な事を――っ!!」
クリスティーナの側まで近寄り、ポンポンと頭を撫でる。そんなルディの態度に狼狽した様な姿を見せながら身を捩るクリスティーナにルディは。
「そんな言い方をさせちゃった事に対する謝罪と……気を遣って貰った事に対する感謝、かなぁ~」
「き、気を遣ってなんていません! わ、私は、自身のメリットのある提案をしただけです! 別にルディが、その、お礼を言う事など無いんです! そ、それとも、アレですか? まさかルディ、私が本当にルディの事が大好きだから『好き、好き』言ってたと思ってますかぁ? ち、違いますよ? さっきも言いましたが、ルディに嫁ぐのが一番マシなだけで、べ、べちゅにルディのことなんて――」
「クリス」
クリスティーナの言葉を遮るようにアインツは言葉を発して、やれやれとばかりに首を左右に振って見せる。
「――ルディに頭を撫でられて嬉しいのは分かるが、とりあえず涎を拭いて、そのだるんだるんに緩んだ頬をなんとかしろ。淑女の表情か、それが」
ルディに言い募りながら、涎を垂らして頬を上気させて頬をだるんだるんにしたダラシナイ笑顔を浮かべるクリスティーナはどっからどう見ても痴女である。いや、恥女か。恥の多い人生を歩んでいるのだ、クリスティーナは。
「――はっ! ち、違います! こ、これは――はうぅ!!」
言い掛けるクリスティーナの言葉を遮るように、優しくルディはクリスティーナの頭を撫でる。そのせいで、クリスティーナの顔が十八歳未満禁止レベルの酷い顔になる事に少しばかりヒきながら、それでもルディは意思の力で笑顔を継続。
「悪いけど……僕だってそこまで馬鹿じゃない。まあ、自意識過剰かと思われるかも知れないけど……クリスに愛して貰っているのも分かる」
「……」
「だから、そうやって悪者役――って言って良いのかな? ともかく、お互いにメリットがあるとか、ビジネスライクとかで割り切らなくてさ?」
クリスの『本音』はどうなの? と。
「……ズルいです」
「ズルい、かな?」
「ズルいです! だってそんなの、私はルディの側に居たいに決まっているじゃないですか!! 初恋ですよ! ずっと、ずっとルディに恋をしていたんですよ!! そんなの……」
側に居たいに決まっているじゃないですか、と。
「……でも、ルディは複数の女性を娶るのに抵抗があるでしょう? な、なら……その、お互いにメリットがある提案ってした方が……その、ルディにとっての心理的負荷が掛からないって……」
「……クリス」
「そ、それに! 本当に私にメリットがある提案なんです! だって、どんな形でもルディのお嫁さんになれるんですから! だから、もう、これ本当に私の我儘でして!! なので、こう、どうでしょう!? ちょっと味見程度に私を娶ってみては!?」
「落ち着いて、クリス」
テンパって訳の分からない事を言いだすクリスティーナ。そんなクリスティーナに苦笑の色を浮かべて、ルディは殊更にクリスティーナの頭を優しく撫でる。
「……確かに、僕はクリスの言う通り一夫多妻……というか、重婚に対して忌避感……とまでは行かないまでも、納得の行ってないものはあるよ」
「……はい」
「でもまあ……それも今日までかな?」
「……はい?」
「いや……確かに、僕は重婚に忌避感はあるよ? あるけどさ?」
大事な女の子に、あんなことを言わせてまで、守るほどの信念じゃないから、と。
「それ……って……」
戸惑うクリスティーナの頭から手を離す。『あっ』という切なそうな声がクリスティーナの口から漏れる。そんなクリスティーナの声に、ルディは優しく微笑み。
「――クリス、君が本当に僕で良いなら……どうぞ、僕と結婚してください」
クリスティーナの前に傅いて、左手の甲に優しくキスを落とす。そんなルディに、びっくりした様に目を見開いたクリスティーナ。やがて、そんなクリスティーナの瞳に涙が溜まって。
「――おい、クリス!! 鼻血!! 鼻血出ている!! 興奮しすぎだ、お前!! アインツ!!」
「クラウス、止血!! 流石に量が多すぎる!? っていうか、人体からあんなに鼻血って出るのか!? なんか凄い勢いで出ているんだが!?」
どうしても締まらないのが、クリスティーナという女の子である。ちなみに、涙がたぱーっと流れるレベルで鼻血が出ていた。死ぬぞ、マジで。




