第二百五十九話 ビジネスライクな関係で、ひとつ
「……クリス……お前、流石に国際問題になるぞ、その発言は」
ドン引きした様なアインツの言葉に、クリスティーナは首を傾げて見せる。
「そうですか? アインツも聞いた事があるんじゃありませんか? 例えばロサル王国のウェール王太子様。ご存じでしょう?」
クリスティーナの言葉にアインツがイヤそうに顔を顰める。
「まあ……お噂はかねがね」
「毎日毎日、酒池肉林の贅沢三昧でこの世の者とは思えないほどの肥満体系。女性を自身の快楽の為の道具としか見ておらず、飽きたらポイ、だとか。他にもほら、海洋連合王国の」
「……マザコン王太子か?」
「どんな意見も『ママの意見を聞いてからだ』とお母様にべったりだとか。いえ、別に構いませんけどね? 家族仲が良いのは。ただ、旦那様としては……」
「……ま、まあ……分からんでは無いが……だ、だが! 他にも居るだろう!!」
「誰が?」
冷たい――というより、まるでビー玉みたいな感情のこもっていない目でアインツを見やるクリスティーナ。そんなクリスティーナに『うっ』と息を詰まらせ、アインツは視線を背けながら。
「……ろ、ローラント殿、とか」
「アナハイム王国の? まだ、三歳じゃないですか!! 流石に犯罪でしょう、私が五歳児を手籠めにしたら!!」
「手籠めとか言うな!!」
クリスティーナの発言に、アインツも思わず突っ込む。少なくとも、淑女が言っちゃダメなセリフだ、手籠めとか。
「……まあ、色々言いましたが中々『丁度良い』という方がおられないのですよ。年齢的に上過ぎたり、下過ぎたり……質的に大きな問題があったりしてね?」
国同士の婚姻、年齢云々は大きな問題ではないと思われがちだ。実際、過去に年齢差が十や二十離れた政略結婚なんて枚挙に暇が無いのだ。枚挙に暇が無いが、これは輿入れした方が『人質』の場合はそういう事もあるが、実は『正室』となると話が違ったりもする。前にも言った通り、国王の大きな仕事は『血のプール』であり、『そういうこと』をするときに適齢期になった王子が、余りにも年の離れた正室にその興味が向くかと言うと……まあ、現実的に結構難しかったりするのである。特に、相手が年上の場合は。
「……確かにな。何の因果か、俺たちの十個上と十個下の世代は各国の王子がそろっているが……」
「同年代となると、本当にルディかエディくらいなんですよね、私たちの同世代って。まあ、十個上の王子ともなると幾らかいるのはいるのですが……」
「俺らの十個上ともなると既に結婚か、もしくは婚約者がいるか」
「そういう事です。まあ、その点で言えばルディにしてもエディにしてもそうですが……少しばかり、状況が違いますよね?」
「……まあな」
王族の婚姻とは基本的に他国の王族同士のパターンが多い。特に、世継ぎの正室ともなると他国の王族から輿入れす事はママあるのだ。
「ルディがクララと婚姻した場合……まあ、ルディの正室はクララになるかも知れませんね。ですが……ルディ、怒らずに聞いてくださいね? 家としての『格』に関しては、申し訳ないが我が家の方が上になります」
「……まあ、うん」
ディアの実家はラージナル王国随一の大貴族である。大貴族であるがまあ、流石にいくら何でも王族であるスモロア家と比較すると、どうしても一歩劣る家格ではある。まあ、高い世界での誤差の範囲の話ではあるが。
「国力云々は抜いて考えて、王族同士での正室・側室ならそこに明確な差が生じてしまいます。ですが、正室が公爵家、側室が王家なら? 表立ってはクララの方が上位でも、よく考えれば私の方が上、という考え方も出来ませんか?」
「……無理筋が過ぎないか、それは? 逆に、『公爵に負けた王族』という評価が付きそうな気もしないでも無いが……」
クリスティーナの言葉にアインツが難色を示して見せる。確かにクリスティーナの言葉に一理はあるが、アインツの言っている事も道理なのだ。そんなアインツに、クリスティーナは苦笑を持って応える。
「まあ、ラージナル王国の事情を斟酌すれば、という話ではありますがね。クララ――というより、メルウェーズ公爵家が次代の王に正室を送り込むのはこの大陸各国の『常識』ですから。その辺りを斟酌して……スモロアが一歩譲ったとしても、そこまで変な話ではない……という建前です」
「建前なのか」
「当たり前です。だってどう考えても可笑しいでしょう? 公爵家が正室で、王族が側室なんて。だから」
これが、『誤魔化せる精一杯』と。
「なのでルディ……どうでしょう? こんなに可愛くて、貴方の事が大好きな『側室』を」
おひとつ、いかが? と。
「私、貴方に尽くしますよ? ですから……貴方の寵愛の、その一端でも私に分けて頂けませんか? ああ、寵愛が難しかったら、別に良いです。ただ」
私の『メリット』の為に、一緒になりませんか? と。
「ビジネスライクで行きましょうよ、ルディ?」
そういってクリスティーナは薄く微笑んだ。




