第二十五話 王城秘密倶楽部
学園でとても、とてーも充実した一日を終えたディアはニコニコ笑顔で王城内を歩いていた。なんせ一国の王城、部屋は売るほど余っており、『未来の王妃様』、つまりディアの部屋も王城内に設置されているのだ。この、言ってみれば『一つ屋根の下』にも関わらず、ゲーム序盤に華々しくエディにフラれたディアには同情と、『この好環境を活かしきれない悪役令嬢側にも問題があるのでは?』なんて、一部の心無いユーザーからは言われたりしてたが、それはともかく。王城内をルンルンで歩いていたディアはそのまま歩みを自室に向け――ず、自室を通り過ぎると一つの部屋の扉を軽くノックをする。
「メアリさん? おられますか?」
「……山」
「……川」
部屋の中から聞こえて来た声に、『川』と応えると部屋の扉が『ぎー』っと音を立てて開く。中から顔を出したのはルディ付きの侍女であるメアリだ。
「……お早くお入りください、クラウディア様」
「……前々から思っていましたけど、この挨拶、止めませんか?」
「様式美ですので」
「他の方だったらどうするのです?」
「声で分かりますから」
「……じゃあ、尚更やめませんか?」
呆れた顔を浮かべつつ、メアリの手招きと共にディアはメアリの室内に足を踏み入れる。侍女、とはいえメアリだって男爵家令嬢。所謂『侍女部屋』で想像する様な狭く、汚い部屋ではない。大きさはディアに与えられた王城内の私室よりも二回りほど小さいも、それでも立派な部屋である。
「……また増えてませんか?」
――壁に貼られた、はにかんだ笑みを浮かべるルディのイラスト。
――ベッドの上に所狭しと並べられた、ルディぬいぐるみ。
――机の上に並べられた、ルディフィギア。
――『ルディ君アクリルスタンド! 新発売』と書かれた袋に入ったままの、ルディアクスタ。
「最近、良い仕入れ先を見つけまして」
今はその立派な部屋は跡形もない。いや、ある意味ではこっちも立派だが。立派な『ルディオタク』の部屋である。
「あら? あのルディが描かれている表紙の本は……」
「給仕メイドのリアの作です。『凡庸だけど優しいご主人様と、給仕メイドの恋』という設定が些か納得が行きませんが……絵とストーリーは完璧です。見ますか?」
「……よろしいので?」
「ええ。保存用、鑑賞用、布教用の三冊はデフォ装備ですので」
「ありがとうございます!」
本棚から辞書のケースを取り出すと、その中から一冊の本を取り出す。なんで辞書のケースって? あれだ、お母さんからR指定の本を隠す男子中学生と言えば分かって貰えるだろう。
「リアさんの作品はいつも素晴らしいですからね! 絵もストーリーも大好きです!」
「そうですね。ですがやっぱり、全方向から鑑賞できるフィギアも捨てがたいですよ? 特にこのフィギア、見て貰えますか? このフィギアの……そう、此処! 此処をこうすると……」
「こ、これは! る、ルディのした――こ、コホン! メアリさん! これを作成されたのはどなたですか!?」
「掃除メイドであるアリアの作品です。彼女、手先が器用ですので」
「……掃除メイドにしておくには勿体ない才能ですね。紹介して貰えませんか? 私が個人的にパトロンになりますので」
「いえ、彼女は『仕事ではなく、趣味ですので、コレは。好きを仕事にすると、芸が腐ります』と断っていますので……」
「むぅ……残念ですね」
「はい。ですが、そのお陰とでも言いますか……今度は趣味を突き詰めた作品を作ると。彼女の今までの集大成とも言える――『一分の一ルディ君フィギア』を」
「……言い値で買います」
「そう言われると思いましたので……こちら、注文用紙です」
「ありがとうございます」
にっこりと笑って差し出した紙――『ルディ様ファンクラブ専用 一分の一ルディ君フィギア申込用紙』を受け取るディア。先程のホクホク顔よりも更に磨きのかかったホクホク顔である。
「……本当にありがとうございます。やはり、貴方を味方に引き入れた私の判断は間違ってなかったですね……『会長』」
「勿体ないお言葉です」
……そう。
王族・貴族の身分差のあるこの世界で、日本生まれ、それも庶民も庶民のルディの『差別も区別もしないで接する』という態度は人々、特に王城に勤める人々には非常に人気が高かった。また、ルディは一卵性双生児であり顔自体は『完璧王子』と名高いエディと瓜二つ、つまり『イケメン』の部類に入るのである。いやまあ、アインツやクラウスも同じ顔だろうという突っ込みもあるだろうが、それでもイケメンなのは間違いないのである。加えてルディにはエディと違って『婚約者』みたいなコブもついてない。
――イケメンで、地位も高くて、なのに誰にも分け隔てなく接してくれる、優しいフリーの優良物件。
こんなの、人気が出ない方が嘘である。ルディ人気は王城に勤める人々の間では上がりに上がりきり、ルディ付き侍女のメアリを頂点とした一大ファンクラブを結成するに至ったのである。
「……ちなみに一分の一フィギアは凄いですよ? 昨年制作された二分の一フィギアをも超えるクオリティで……」
「さ、昨年のアレを超えるクオリティ!? そ、それは一体、どういう意味ですか!?」
「それは……ふふふ、私の口からはとても言えませんね。ぜひ、お手元に届くのを楽しみにしておいてください」
「そ、それはあまりにも生殺しでは!? そんな小出しに出すのであれば、最初から情報を出さないでください!!」
「いえいえ。手元に届いた時の興奮を増すための最高のスパイスですよ?」
……まあ、ファンクラブというよりはどっかの怪しい秘密結社というか、変態クラブみたいな感じにはなっているのだが……全員、ルディを慕っている度がカンストしている所が唯一の免罪符だったりする。罪は免じられてなく、見つかったら確実に有罪ではあるが。




