第二百五十七話 面倒くさい男
素晴らしい笑顔で『私も娶って下さいね?』と言って見せるクリスティーナ。そんなクリスティーナの笑顔に、ひくっとルディの頬が引き攣る。
「えっと……本気?」
ルディのその言葉で、笑顔だったクリスティーナの尊顔がぷくーっとフグの様に膨らむ。
「ぷくー! ぷくー!」
「……なにそれ?」
「私は怒っています! の表現です!! っていうか、どういう意味ですか、ルディ!! 『本気?』とはどういう意味ですか!! 本気に決まっているでしょう!? 貴方、私の何を見ていたんですか!!」
怒髪天を衝く勢いのクリスティーナに、ルディは胸の前で手をわちゃわちゃ振って見せながらクリスティーナから距離を取る様に一歩引いて見せた。
「い、いや、それは勿論、分かっているよ!! クリスが僕の事を……そ、その、好きでいてくれるのは!!」
「じゃあ、『本気?』もクソも無いでしょう!? 本気に決まってます!! 私、ずっとルディのお嫁さんになりたかったんですよ!? なら、娶って下さいって言うでしょう!?」
「女の子がクソとか言わないで!?」
王女として――というより、淑女としてどうかと思われる言葉遣いにルディが突っ込みを入れる。ルディとて学園生、女の子に夢も見たいお年頃なのだ。周りの女の子が肉食獣ばっかりではあるが。
「そんな細かい事はどーでも良いんです!! それよりもルディは私を娶ってくれないのですか!!」
ぐいっともう一歩詰めるクリスティーナ。そんなクリスティーナの視線にルディはもう一歩引こうとして――そして、小さく震えるクリスティーナに気付き小さく息を吐く。
「……僕は、ディアの事が好きだよ」
クリスティーナの目を真剣に覗き込み、そう告げるルディ。そんなルディに、クリスティーナも真剣な瞳を。
「知ってますよ。昨日の晩からずっと、クララに自慢されていますから。一晩中ですよ? 一晩中、『ルディは私の事を愛してくれているんです! え、えへへ~』とか言って口の端から涎垂らしてるんですよ? っていうかですね? 普通、恋敵の前でそんな惚気ますかね? あの子、前々から思ってたけど、きっと人の心とか無いんですよ。酷いと思いません?」
「あれ? なんか僕の思っていた展開と違う」
真剣な瞳を、浮かべない。完全に『もう、勘弁して下さい』と言わんばかりの諦観と、少しの侮蔑の色を湛えた瞳でため息を吐いていた。取り合えず、シリアスさんは裸足で逃げて行ったのがルディには分かった。
「え、ええっと……その、ごめんなさい?」
「謝らないでください。ルディに謝られるとなんか惨めになりますし……それに」
クララからも、『一緒にルディのお嫁さんになりませんか?』と言って貰いましたし? と。
「……クリスはそれで良いの?」
「良いの? とは? 私は昔から言っていましたよ? ルディのお嫁さんになりたい、って」
「そ、そうだろうけど! で、でも! それは……その、なんていうか、ずっとクリスを愛するっていう……」
「あら? 愛して下さらないので? 釣った魚……というよりは、自分から罠にかかった様なものですが、そんな魚には餌を上げないと?」
「ち、違うよ! 違うけど……そ、その……なんていうか……不義理な気がしないかな? って……だって、クリスだって……そ、その……」
言いたいことが上手く出てこない。現代日本に前世を持つルディにとって、重婚上等なこの世界の価値観は正直、あまりよく分かっていない。否、制度として分かっているし、理解はしているが、納得はしていない、という感じなのである。不倫は文化! と割り切る様な倫理観も持っていなかったし……そもそもルディ、ハーレムものより純愛ものの方が好きなのである。
「……別に王族、貴族の重婚……というより、側妃なんて普通の事でしょう? そこまでルディが気にしてくれるのは素直に有難いし、嬉しいですけど……」
はぁ、と頬に手を置いて困った表情を浮かべるクリスティーナ。そんなクリスティーナに、ルディは申し訳なさそうに口を開く。
「いや……分かるんだよ? 分かるんだけど……ほら、ウチの父上は母上……正室しかいないでしょ? だからこう……なんていうか、二人も三人も奥さんが居るっていうのが……いまいち、納得できないというか……」
この辺り――ルディの家庭環境も重婚をルディに忌避させる一因ともなっていたりする。ちなみに、なぜ重婚が許される世界観で、現ラージナル王国国王が一夫一妻制を取っているのかはこの世界が元々低予算で作ったクソゲーである『わく王』の世界線であり、国王陛下の側室なんていうモブにキャラの製作費を出せなかったのが主要因だったりする。
「……はぁ。面倒くさいですね~、ルディは」
ルディの言葉に、ため息を吐きつつジト目を向けるクリスティーナ。そんなクリスティーナに息を詰まらせながらも、それでもルディは言葉を続ける。
「そ、そう言われると……で、でも! 僕はクリスの幸せを――」
「ストップ」
「――ねが……え? ストップ?」
ええ、と、にっこり笑って。
「一応言っておきますけど……ルディが貰ってくれないと、私確実に不幸になりますけど?」




