第二百五十六話 そんなの、それっぽちの理由だから
「アインツ? まさかお前、兄上を馬鹿にするつもりか?」
「アインツ? 貴方、何を仰っているのですか? ルディとエディで、エディの方が上だと?」
「クララの言う通りです! アインツ、貴方は何を仰っているのですか? エディが優秀な殿方なのは認めないとは言いませんが……ルディですよ? ルドルフ・ラージナルですよ? エディとじゃ月とスッポン、提灯に釣鐘じゃないですか!!」
「…………怖いよ、お前ら。幾らなんでもルディに盲目的過ぎるだろう」
三人からの絶対零度の視線にアインツが思わずぶるりと体を震わせる。端的に言って、無茶苦茶怖い。
「……ルディの言う事も一定の真理ではあろう? 事実、エディとルディ、ペーパーテストで良い点を取ったのはどっちだ、エディ?」
「それは……私だが……だが、きっと兄上は手を抜いて!!」
「と、言うが……どうだ、ルディ?」
「全力だよ。正直、学院の入学試験ではエディに勝とうと思って勉強したけど……無理だった」
「だ、そうだ」
「そんな……で、でも! 兄上の方が優秀だ! 国王は兄上が継ぐべきだ!!」
エディの言葉に、アインツは首を振る。
「そうだな。俺もそう思う」
縦に。そんなアインツに、少しだけ呆けた顔を見せるルディに視線を向けて。
「確かにペーパーテストの点ではエディの方が優秀だろう。クラウスの御父上との実戦でも、エディの方が戦績は良いだろうし……そもそも、エディとルディの一騎打ちならエディの方に分があるだろうな。だがな?」
エディ、クラウスと勝負して完勝できるか? と。
「……難しいな。五本勝負で……精々、一本か?」
「それは言い過ぎ。まあ、三対二くらいで俺の勝ちじゃねーか? あ、十本勝負ならきっと七対三くらいにはなるだろうし、それ以上の本数ならエディの勝ち数は三のままだな」
「……若干悔しいが……そうだろうな」
苦笑を浮かべるエディに、アインツも同じように苦笑を浮かべて見せる。
「まあ、クラウスとエディの体力ならそうなるか。それで、ルディ? 先程、ペーパーテストでは全力を出したと言ったな? では、そのお前が全力を出したペーパーテスト、入試の一位は誰だった?」
アインツの言葉に、ルディは視線をアインツに固定する。
「……今、僕の目の前にいるアインツ・ハインヒマンでしょ?」
「そうだ。この俺、アインツ・ハインヒマンが一位だ。クラウスは勿論、ルディやエディよりも……この学園で一番良い成績を取ったのは俺だ」
「自慢?」
ルディの言葉に肩を竦めて見せる。
「まさか。ただの確認だ。ルディ、お前はエディの事を優秀と言う。確かにエディは優秀だろう。だがな? 武ではクラウスに勝てないし、文では俺には勝てない。お前の言う『優秀』とは、その程度の『優秀』だろう?」
「それは……」
「それに……猫の被り方ではクラウディアにも劣るし、腹黒さではクリスの影すら踏めんぞ、エディは」
「「ちょっと!!」」
女性陣からの抗議の声に『冗談だ』と手を挙げて。
「……まあ、色々言ったがそういう事だ。ルディがエディに……そうだな、一種の遠慮があるのは分かるが、そこまで遠慮する必要はないと俺は言いたいだけだ。エディに優れている所は沢山ある。あるがしかし、ルディにそれが無いとは言ってないし……」
チラリと視線をエディに向けて。
「……エディには申し訳ないが、俺が王として仕えたいと……支えたいと思うのはお前なんだ、ルディ。誰よりも優しく、皆が憧れ、焦がれ……追いつきたいと願ったお前を、王の頂きに押し上げて……俺は、それを担ぎたいんだ。だから……そんな、『それっぽち』の理由で、王位をエディに譲らないでくれないか?」
「私に申し訳ないと思う必要はないぞ、アインツ。私も兄上が国王になってくれるのであれば、最大限の助力をすることを此処に誓います、兄上」
「勿論、私もです!! 私もルディが国王陛下になった暁には、王妃として政治の『裏』を、社交界を自由自在に操って見せましょう!! 王妃として、夫人界隈を完璧に仕切ってみせますので!!」
「……まあ、正直俺はエディでもルディでもどっちでも良いんだよ。どっちが国王になってもきっと良い国にしてくれるって思ってるしな。だからまあ、三人ほど必死でもねーんだけど……でもまあ、エディの気持ちも分かるし、ルディが国王になっても良いと……違うか、なりたいと思うなら、俺は全力で協力するぞ?」
アインツ、エディ、ディア、クラウスの顔を順々に見回して、最後に向けた視線の先、そこに居たのは嫋やかに微笑むクリスで。
「――他国の王位に、他所の国の王族が口を挟むのはマナー違反です。なので……貴方を慕う女の子の一人として、言わせて頂きますね? 私は、貴方に……『今の』貴方になら、王になって頂きたい。誰にも弱みを見せなかった貴方ではなく、皆の側に、皆の輪に加わってくれた貴方には……是非、王になって」
私も、娶って下さいな? と。
茶目っ気たっぷりにクリスは微笑んでみせた。




