第二百五十四話 愛は盲目
「……エディ」
「いや、だって兄上! さっきのやりとり、見ただろう? クラウディアは普通にああいう事も言うし、しかも横暴なんだ! 兄上だっていつ、クラウディアのどく――」
そこまで喋りかけて、エディの口の動きが止まる。やがてゆっくりと首を後ろに向けると、そこには絶対零度の笑顔を向けるディアの姿があった。
「……エドワード殿下? 何を仰るおつもりですか?」
「……な、何をって――って、痛い! 肩の骨が砕けそうな程に痛いんだが!!」
「あら? 軟弱ですね、エドワード殿下。こんな乙女の細腕で肩を掴まれたくらいで、肩の骨が砕けそうなんて」
「誰が乙女の細腕だ! お前、握力六十あるだろうが!!」
「失礼ですね。六十も無いです。まあ……四捨五入すればあるかも知れませんが」
「誤差の範囲だろう、それは!?」
『分かった! もう言わないから!!』というエディの言葉で、ディアもエディの肩から手を離す。自身の肩をさすりさすりしながら、エディはルディに視線を戻した。
「……な、兄上? 見ただろう? こいつ、こういう暴力女なんだぞ? 本当に良いのか?」
「エドワード殿下! まだ――」
「俺だって言いたくないが、よくよく考えればクラウディアみたいな危険人物を兄上に押し付けるって鬼畜の所業じゃないか!? やっぱり、此処はこの危険物は俺が引き取った方が良いのかなと思っただけだ!」
「誰が危険人物ですか! そもそも――って、アインツもクラウスもクリスも、何うんうんって頷いているんですか!!」
エディの言葉に『うんうん』と頷く三人。そら、今のディアを――というか、今までのディアを見ていればそらそういう反応もする。そんな三人のしらーっとした視線に『うっ』と息を呑んだ後、縋りつくようにルディの側まで駆け寄ってその服の袖をちょんと摘まむ。
「ち、違うんです、ルディ! 私、そんな悪い子じゃありません!」
「…………嘘ばっかり。悪いどころか悪魔みたいな女じゃないか、お前」
「エドワード殿下、煩い!! と、とにかく、そんな酷い事はルディにはしませんから! た、確かにエドワード殿下には……ちょっと、冷たい態度を取っていましたが!!」
「……あれでちょっとなのかよ」
「……まあ、エディの命があるんだ。クラウディアにとっては『ちょっと』なんだろう。流石、悪魔の様な女。人間とは考え方が違う」
「クラウス! アインツ!! 黙りなさい!! ち、違いますよ、ルディ!! あ、あれはちょっとした……こ、こう、ルディのお嫁さんに成れないから、ちょっとエドワード殿下に辛く当たっただけで! そ、それは確かに? 幾ら自分が報われないからって八つ当たりみたいな事をしたのは悪いかも知れませんが……そ、それは偏にルディへの愛ゆえにですね!!」
「……うわー……愛が重いですね、クララ」
「クリスにだけは言われたく無いんですが!!」
三人からの様々な角度からの突っ込みにより、ついにディアが絶叫を持って応える。そんなディアを苦笑を浮かべながら見つめて、ルディはディアの頭にポンっと手を置いてゆっくりとよしよしと撫でる。
「あ……ルディ……」
「うんうん、分かっているよ。ディアが良い子なのは僕が知っているから。だからそんなに必死になって弁明しないで良いからね?」
「そ、その……ルディ? 本当ですよ? 私、ルディに酷い事なんかしないですよ? エディにだからしただけで……す、好きな人にはしないですからね?」
「あれ? ディア、エディの事、エディって呼んでる?」
「ええ。昔は……エドワード殿下の婚約者だった時は『エディ』なんて呼び方したら親密だと誤解されるから……で、でも! 今ならもう、良いかなって! あ、る、ルディがエディ呼びがイヤならすぐやめます! エドワード殿下でも、駄犬でも、『アレ』でも良いですよ!!」
「……俺がイヤすぎるんだが、それは」
ディアの言葉にエディがため息を吐く。そんなエディをちらっと見た後、クラウスがルディに視線を向ける。
「おい、ルディ? 本当に良いのか?」
「なにが?」
「さっき、エディが言ってただろう? クラウディアが……あく……だか……へびの……重い! うん、愛が重いからな? 苦労するかも知れないぞ?」
「……さっきおめでとうって言ってなかった?」
呆れた様にそう言って見せるルディに『うっ』と詰まらせた後、クラウスは左右に首を振って見せる。
「まあ、ルディが幸せなら良いんだけどよ? よくよく考えれば……良いのかな? って」
主に、不良在庫を押し付ける感じが近い。良心の呵責があるのだ、クラウスだって。そんなクラウスに、ルディはにっこりと笑って。
「うん、問題ないよ? だって僕、ディアの事大好きだからね」
愛は盲目なのだ。




