第二百四十九話 平凡王子は今日も密かに悪役令嬢の『ざまぁ』を志す
「ええっと……」
にっこりと微笑み、そんな提案をしてくるディア。そんなディアの笑顔を呆然と見つめた後、ルディは右手で目の間を揉みながら左手を出してディアを制し。
「…………ごめん、ディア。僕があんまり情けない事言うから……おかしくなっちゃったんだね?」
主に、頭が。言外に籠ったその意味に、ディアは『むっ!』とした顔をルディに向ける。
「……失礼ですね。誰がおかしくなったですか、誰が」
「いや、だってさ!? 普通、す、好きな男に言う? 『他所に女作れば?』って! え? なに、ディア? 実はそんなに僕の事好きじゃないの!?」
「それこそ何言ってるんですか!? 頭、おかしいんですか、ルディ!! 私はルディの事が大好きに決まってるでしょ!!」
視線だけで人を射殺せそうな目を向けるディア。絶対、好きな人に向ける視線では無い、そんな視線を受けてルディも『うぐぅ』と息を詰まらせる。そんなルディにため息を一つ、ディアは言葉を継いだ。
「……まあ、先程はああ言いましたが、平和的に解決しようと考えると……ルディが国王、私が王妃になるのが一番……そうですね、『無難』なのはわかるでしょう?」
「……まあ」
ディアは王妃としての教育を受けて来たし、自身が王妃になるものなのは……彼女の心情的にも、『政治的』にも大きな意味を持つ。
「諸侯貴族の中には、エドワード殿下の婚約破棄を良く思わない人々も沢山います。ルディが王位に……エドワード殿下を王太子から引きずり下ろしたとなれば、その辺りの層は一定の満足感を得ます」
そこまで喋り、ちらっとディアはルディの顔色を伺う。
「その……やっぱり、ルディはイヤですか?」
「あー……いいや……うん、『いいや』だね」
そんなディアの言葉に、ぐっと拳を握って、開いて、その拳を見つめる。
「――もう、逃げない。国王って重圧から。だって……やっぱり、ディアの、クラウディアの隣に並び立とうと思うなら」
逃げてちゃダメだから、と。
「……まあ、国王陛下になるのがディアの為って本当はダメなんだろうけどね? 国民の為に――で、ディア!? どうしたの!? 急に鼻血出して!?」
「……格好良すぎでしょう、ルディ……しゅき……」
慌ててポケットからティッシュを取り出したルディからそれを受け取り、ディアは自身の鼻を軽く拭く。傷口は浅かったか、それだけで止まった事により、『丸めて鼻の穴に詰める』という乙女の尊厳的にどうよ? な事態に安堵しつつ、ディアは言葉を継いだ。
「ルディが王位に、となると大事な問題がありますが。言うまでも無いですが、『世継ぎ』です」
「……王になるのに、一番の問題が世継ぎなの?」
「当たり前です。政治はアインツに任せればよいでしょう。軍事はクラウスに任せればよいでしょう。ですが、王の、この国の後継者を生み――生むのは女性でしょうが、種付けはルディの仕事でしょう? アインツにもクラウスにも変われないことですよ、これは」
「……種付けって」
間違ってはいないが。
「私がポンポンポンと三人くらい子供を産めればそれがベストですが……まあ、実際問題どうなるかは分かりません。過去の国王陛下、そのすべてが正室の腹から生まれた訳では無いのは……ルディだってご存じでしょう?」
「……まあ」
「そうなると、今後の事を考えてクリスが一番妥当でしょう。他国とは言え王族ですし、家格に問題はありません。まあ、家格に問題が無さすぎて果たして『側室で来てくれるか問題』という別の問題はありますが……まあ、クリスですし? あそこの国王陛下もエドガーも巧く丸め込んでルディに嫁ぐでしょう」
「……スモロア王とエドガー、バカにしている?」
「いいえ。『本気』のクリスならなんとでもする、という話です。私と同じくらい、あの子も愛が重いですしね?」
「……」
「まあ、両方正室という扱いでも構いませんよ、私は。過去に前例は無いでしょうが……」
「……なんか僕、凄く女好きみたいじゃない?」
「残念。ルディは正確には『変な女』に好かれるのです」
「ディアも?」
「むしろ、私が一番くらい変な女でしょう? 婚約者の兄にずっと敬慕の念を抱いていたんですよ? しかも、王妃になろうという人間が」
確かに。
「そういう意味でもまあ、クリスは妥当なんですよ。先程も言いましたが、私と同等レベルの愛の想い女の子ですし。ルディ以外には絶対、その肌を許すことは無いでしょう。そうなると……まあ、色々と『安心』ですよね?」
男性にとっては子供とは『自分の子供である』という信仰であるが、女性にとっては『ただの事実』だ。その子が本当に自分の子かどうかは、女性にしかわからないのである。だからこそ、アインツとクラウス、ルディとエディの初対面で一悶着あったわけだ。
「そういう意味で、クリスが一緒になるのはありです」
もう一度、にっこり。そんなディアにしばし口をポカンと開けた後、ルディはゆるゆると息を吐いた。
「……ディアはそれで良いの?」
ルディの問いただすようなその声に、微笑を湛えたまま、ディアはゆっくりと頷いた。
「ええ。私はルディが大好きですが……困った事に、クリスの事も大好きなんですよ。だから、ルディを独り占めしたいって気持ち、無い訳じゃないですけど……それでも」
クリスと一緒の生活も、魅力的ですと言って。
「で、でも! わ、私と二人きりの時はダメですよ!! その時はクリスの事じゃなくて、私の事だけ考えて下さい!! そこは絶対、譲れないですからね!!」
一転、拗ねた様にクイクイとルディの袖を引っ張るディアに愛しさが募り、ルディはゆっくりとディアの頭を撫でる。『あ』と声を漏らした後、『もっと、もっと!』と言わんばかりにディアはルディの手に自身の頭をぐりぐりと擦り付けて。
「……ねえ、ルディ?」
「なに?」
「私……幸せです」
「……良かった。僕もだよ」
「ねえ、ルディ?」
「なに?」
「ルディの言ってた通りですね?」
「僕の言ってた通り?」
「ええ。ルディ、言ってたじゃないですか」
『ざまぁ』、しようって。
「――私、今とっても幸せです!! エドワード殿下に婚約破棄されましたけど……そのお陰で、こんなに今、幸せです!! これって『ざまぁ』じゃないですか!? 言ってやりますよ、エドワード殿下に!」
婚約破棄して下さって、どうもありがとう! って、と。
華の咲くような笑顔を浮かべるディアに、ルディは苦笑を浮かべる。
「ちょっと違う気もするけど……」
でも、まあいっか、とルディは思う。だって、自身に頭を撫でられて幸せそうにしているディアが満足なら。それに、『ざまぁ』は、結局フラれた令嬢が幸せになることが一番なんだから。
「……幸せにするよ、ディア」
「ありがとうございます。でも、それはイヤです。私はルディ『に』幸せにして貰いたい訳じゃないです。ルディ『と』幸せになりたいんですよ」
そう言って勝気に笑うディアに――クラウディア・メルウェーズという『悪役令嬢』に。
「そうだね。一緒に、幸せになろう」
それでも綺麗で可愛い淑女の頭を、ルディは先ほどよりも優しく撫でた。
「…………そ、それで? る、ルディ? こ、こう、折角気持ちが通じ合った訳ですし? お誂え向きに、此処には誰も居ませんですし? こ、こう……お、押し倒して貰っても一向にかまわないのですが!?」
違った。淑女じゃなくて、痴女だった。
これにてプロローグ完結となります。はい、この後は徐々に雰囲気変わりますので、この後の展開が合わないな~と思う方は此処でエンディングでも良いかな? と思っております! お付き合い頂き、ありがとうございました! 引き続き(合う方は)よろしくお願いします!




