第二百四十五話 十年越しの告白
「――ディア!」
必死にルディが追っていたディアのその背が、どんどん近付いてくる。幾らディアが運動神経が良いとはいえ、男性と女性、加えてルディだって――まあ、エディやクラウスほどではないにしろ、運動神経が悪い訳では無いのだ。だからこそ、ディアに追いついたルディはディアの腕を掴む。
「――っ!!」
「あ、ごめ――だ、大丈夫、ディア!?」
ディアの顔に苦痛の色が走ったことに、自分の予想以上の力でその腕を掴んだ事に気付いたルディは慌ててディアの腕を離す。そのままもう一度逃げ出す事を危惧したルディは、慎重にディアの方に視線を向けて。
「……ディア」
真っ赤な顔で自身の顔を抑えて、イヤイヤとばかりに首を振るディアの姿を見た。
「……な」
「……」
「な、なんでルディが追いかけてくるんですかぁ! こ、こういう時は放っておいてくださいよ!! 私、今はまともにルディの顔をみれないんですからぁ!!」
そんな事を言いながら、顔を隠したままその場にしゃがみ込むディア。そんなディアに、少しだけルディは優しく声を掛ける。
「そんなに恥ずかしい事なのかな?」
「は、恥ずかしいに決まっているじゃないですか!! あ、あんな勢いみたいな勢いで、る、ルディの事を――う、うううう!!」
一瞬顔を上げて、そこにルディの顔がある事を認識したディアは再び顔を伏せてイヤイヤを再開。そんなディアの姿を愛おしそうに見つめ――そして、ルディは少しだけ口の端を釣り上げる。
「……そっか~。ディア、僕の事を『好き』だと、恥ずかしいのか。ま、そりゃそうだよね~。エディに比べれば僕なんて――」
「――そんな事ありません! エドワード殿下とルディ、どっちが素晴らしい人間かなんてわかり切っています! いいえ! 別にルディが素晴らしい人間じゃなくても構いません!! ルディは、私の大事な――大好きな人なんですか――」
また、やってしまった。先程勢いだけで行ったことを後悔するディアは、再び顔を両手で覆おうとして。
「――そっか。ありがとう、ディア」
釣り上げた口の端を笑顔のそれに変えたルディが視界に入った。優しく、そして愛しいルディのその笑顔に、『ぼふ!』と音を上げそうな勢いで顔を真っ赤に染めたディアがもう一度、ルディからその顔を隠そうとして。
「だーめ」
ルディはその手をそっと抑える。そんなルディに、涙目で上目遣いを見せながら、イヤイヤと首を左右に駄々っ子の様に振って見せる。そんな、常にないディアのその姿に、ルディは思わず息を呑んで。
「――はっ……最高かよ」
庇護欲を刺激する様で、それでいて被虐欲を刺激するそんなディアの表情にルディが先ほどとは違う意味合いの笑顔を浮かべる。対して、ルディのそんな表情の変化に怯えた様な顔を見せるディア。
「え……っと……る、ルディ? ど、どうしたのですか……? そ、その……ちょ、ちょっと怖いです……そ、そんな、獲物を狙う様なルディ、初めて見ました……え、ええっと……ど、どうしたんですか、ルディ?」
怯える様なディアの仕草。その仕草が、ルディの被虐欲をより一層刺激する。獲物を狙う、というディアの言葉に一瞬、『このまま食べてやろうか』という、通常状態のディアが聞いたら狂喜乱舞しそうな事を思って。
「っ!? で、ディア!?」
――思っていたのに、ディアの涙が一筋、つーっと頬を伝る事実が視界に入り、急速に意識が冷静に戻る。
「あ、ご、ごめん、ディア!? び、びっくりさせたよね!?」
「あ……いつものルディだぁ……」
ルディの表情の変化に、ディアがふんわりと微笑んでみせる。そんなディアの笑顔に、ルディが息を呑み――そして、コホンと一つ咳払い。
「え、ええっと……それじゃ、その……ごめん、恥ずかしい事かも知れないけど……もう一回、聞いても良い?」
「……何をでしょうか?」
「……惚けている? この状態で聞きたいことなんて一個しかないじゃん」
「……鬼ですか、ルディ? 私にもう一度、恥をかけと?」
「う……そ、そういうつもりじゃ無いんだけど……その、さ? やっぱり……ちゃんと聞きたいなって」
ディアの瞳をじっと覗き込んで。
「ディアは……その、僕の事が……好き?」
そんなルディの質問に、観念した様に――それでも、華の咲いた様な笑みを浮かべて。
「――はい。私は五歳で貴方と出逢ってからこちら……ずっと、ずっと、ルディが大好きです。誰よりも大人で、誰よりも優しくて、人の事を良く見て、自身の立場でモノを言う事をしない、そんな、誰よりも素敵な貴方の事が」
大好きです、と。
ディアは十年越しの想いを、ようやくルディに伝えた。




