第二百四十四話 ただ、それだけの、行動原理
ルディは――成宮和也はクラウディアの事が好きだった。
このゲーム、『わく王』の世界に成宮和也が『転生』し、『ルドルフ・ラージナル』、ルディになったのは五歳の頃だ。最初こそ、ルディは色々と絶望もしたりしたが、それでも楽しく生きていく中で、ルディが誓ったのは、たった一つ。
すなわち、『エディとクラウディアの婚約破棄』を回避することだ。その為にルディは頑張った。具体的には『入学式の最中に婚約破棄をやらかす』みたいなおバカな弟にならない様に、影に日向にフォローを入れて来たつもりなのだ。ゲームの中での冷え切った二人の関係こそが、この入学式の婚約破棄というトンデモ展開の原因であろうと、クラウディアと積極的にデートをすることを進めた。成績が良い方が、運動神経が良い方がモテるだろうと積極的に勉強も教えたし運動も付き合った。女の子が喜びそうなものをメイドさんに聞いてプレゼントさせた事もある。
――なぜ、そこまでルディが頑張ったのか。いや、『頑張ることが』出来たか。
「――それは」
走り去るディアを追いかけながら、ルディは自身に自問自答する。なぜ、そこまで頑張ったのか。ラージナル王国の幸せの為か? 大事な弟が、王位を継げるようにか? はたまた、自分が王位を継ぎたくないからか?
「――違う」
否。断じて、否。そんな、小さなことではない。そんな小さな事では無く。
「そんな――そんな、つもりはない!」
ただ、ただ一つ。
「僕は――僕は!!」
ルディは――ルドルフはディアの事が好きだった。
だって、クラウディアは普通に良い子だったのだから。
勉学は学園トップクラス。
礼儀作法も完璧。
派閥の長でこそあれど、どれだけ身分の低い者にも優しく。
正しい事に関しては曲げず、でも自身が間違っていたら頭を下げる。
そんな完璧な令嬢である彼女が、『不幸』になることを、ルディは是としなかった。だって、そうじゃないか。ディアはずっと頑張って来た。そんな、頑張って来た子が報われないなんて、そんなの嘘だ。嘘で、嘘だから。
――結局のところ、ルディのしていた事は、ディアの幸せを願う、それだけの事。
正しく、ルドルフ・ラージナルの幼馴染であったアインツとクリスティーナは知っていた。否、別にアインツとクリスティーナだけではない。エディだってクラウスだってエルマーだって知っていた。
何時だって、どんな時だって、ルディがディアに『甘い』という事を。
ルディのその態度は、『幼馴染』に見せるものでも、『弟の婚約者』に向けるものでも、『公爵令嬢』という、高位貴族の娘に向ける、そのどれでも無かったから。
「――ディア!!」
ルディの叫びに、一瞬ディアが後ろを振り返り、そこに必死の顔でこちらに向かってくるルディを認めて、叫ぶ。
「る、ルディ!? こないで! 来ないでください!!」
「なんで!」
「だ、だって――今、ルディに逢わせる顔がありません!! あんな、あんなはしたない……と、とにかく!! さっさと帰って下さい!!」
いつものルディなら、此処で帰っているだろう。『ディアだって機嫌が悪い時はあるしね?』と、何時だってディアの意思を尊重して来たから。
「イヤだね!!」
「なんで!!」
「そんな真っ赤な顔をしているディアを放ってなんか置けないよ! そもそも、何処かも分からずに走り回ったら危ないから!!」
必死にディアを追うルディに、説得を諦めたかディアは再び正面を向いて走り出す。そんなディアを追い続けるルディ。だって、ルディの行動原理なんて、一つしかないのだから。
――即ち、ディアの幸せを願う、それだけの事。
正しく、ルドルフ・ラージナルの幼馴染であったアインツとクリスティーナは知っていた。否、別にアインツとクリスティーナだけではない。エディだってクラウスだってエルマーだって知っていた。正確には知っていたのではない。気付いていて、そして推測していたのだ。
何時だって、どんな時だって、ルディがディアに『甘く』そして、『大切』にしていたことを。
ルディのその態度は、『幼馴染』に見せるものでも、『弟の婚約者』に向けるものでも、『公爵令嬢』という、高位貴族の娘に向ける、そのどれでも無く。強いて、その態度と視線に名前を付けるというのであれば。
――まるで、愛しい人を見る姿で。
大事な事なので、三度目となるが、言おう。
ルディは――ルドルフ・ラージナルはクラウディア・メルウェーズの事が好きなのだ。




