第二百四十三話 正しく、ルディの幼馴染
「…………へ?」
およそ令嬢に相応しくない間抜けな声を上げて、照れたようなルディの表情をポカンとした顔で見つめるディア。やがて、自分が今まで『誰』の前で、『何』を言っていたのかを徐々に思い出して。
「……凄いな、クラウディアの顔。どんどん色が変わって行くぞ?」
赤に、青に、白になり、そして土気色になって。
「――っ!!」
両手で顔を抑えて、ディアは脱兎の如くその場から逃げ出した。そんなディアに呆気に取られていたのは一瞬。
「ディア!!」
ルディはディアの後を慌てて追う。ドレス姿の癖に、どれだけ逃げ足が速いんだと思うディアと、それ以上のスピードで追いかけるルディを見つめた後、アインツはため息を吐いてクリスティーナの頭を叩いた。
「……この阿呆が」
「……これ、私だけのせいですかね?」
『私のせい』とは言わない。クリスティーナとて、ある程度は自分の責任を自覚しているのだ。しているのだが。
「殆どクララの自爆だと思うんですが?」
「……まあな」
アインツとて勿論それは理解している。だからこそ、渋い表情を浮かべているのだが。
「……どうなるんだ、これ?」
アインツとしては心配が勝る。無論、アインツとて幼馴染としてディアには幸せになって欲しいし、そのディアの幸せの先、隣で微笑んでいるのはルディ以外に有り得ないのも分かっている。分かっているが。
「……流石に『あれ』は無いよな~」
流石に『あれ』は無い。勢いで自身の想いを告白――ですら、ない。クリスティーナときゃっきゃしていて漏れた想いをルディに知られたのだ。ディアのショックは幾ばくか。
「まあ、クララは乙女ですからね。この様な形で気持ちが知られてしまうのは不本意でしょうが……でも、良かったのではないですか?」
ディアの心配をしているアインツに対して、クリスティーナはあっけらかんとそう言って見せる。そんなクリスティーナに、少しだけ意外な表情を浮かべて見せながらアインツは口を開いて言葉を発す。
「……驚いたな。クリス、お前だって存外に乙女じゃないか。こんな勢い――ですらない告白はイヤじゃないのか?」
「それはまあ。折角ならロマンチックな状態で愛の告白をしたいし……欲を言えば、慕っている殿方から蕩ける様な甘い言葉を囁いて欲しい、と思っていますよ」
「では」
「ですが、相手は難攻不落なルディ城ですよ? 甘い言葉を囁いて――は、まあくれるかもしれませんが、自分からすることは無いでしょう?」
「……まあな。ルディなら言いそうだ。『僕には似合わないよ。それが許されるのはイケメンくらいだよ?』とかな」
「ルディだってイケメンなのに」
「……俺からは賛同しにくいがな、その意見は」
なんせ判子絵みたいに瓜二つ――瓜六つなのだ。ルディをイケメンと認めると、自身の事も同時にイケメンと認めてしまう事になるのである。アインツは別に、ナルシストではない。
「アインツだってイケメンですよ? 整った顔立ちしていますし」
「それはどうも。それで? 良かった、とは? 今の発言ではクラウディアに良かったところは一つも無いように思うが?」
アインツの疑問に、クリスティーナは何でもない様に。
「――だって、クララですよ? こないだの惨劇、見たじゃないですか? 勢いでも無いと絶対にクララにルディに対して告白なんて出来る訳ないじゃないですか?」
「……惨劇とまで言ってやるな」
いや、確かに惨劇だったけども、と口の中でモゴモゴ言った後、アインツは諦めた様にため息を一つ。
「……まあ、その意見には全面的に賛成だが。確かに、クラウディアにルディへの告白は難しいだろうな」
「愛が深い上に重くて、その上で惚れている期間が長いですからね、クララは。それなのに、大好きなルディの弟が暫定婚約者だったんですよ? 私なら脳が焼き切れて、発狂しているでしょうね」
「それは……まあ、そうか?」
「そうです。だからまあ、初恋を拗らせまくっているクララに告白なんて、ちょっと無理かなって思ってはいたんですよ。そりゃ、出来ればクララにロマンチックな告白をさせてあげてあげたいなと思っていたんですが……」
一息。
「ぶっちゃけ、面倒くさくなってきましたので」
「……酷い」
「というか、正直クララとルディが進展しないと、私の方も動けなかったんですよね。これでもクララに気を遣ったんですよ? 先に私の方がルディと『正式に』お付き合いをすることになれば、クララの出る幕は無くなる可能性だってあったんですから」
「……まあな。高度な政治的判断で、その可能性は多分にあるだろう」
可能性の話ではあるが、その可能性は無くはない。
「だから……まあ、クララが『動かなくてはならない理由』が生まれた以上、あの子も前に進めるでしょうし」
ようやく、私たちも前に進めます、と。
「後はルディがどうクララに返答するか、ですが……」
そう言ってクリスティーナは肩を竦めて。
「どう転んでも、いい方向に向くと……思いません?」
少しだけ羨ましそうに……それでいて、詰まらなそうにそういうクリスティーナに、アインツは苦笑を浮かべて頷いた。彼ら、彼女らは、『正しく』ルディの幼馴染だから。




