第二百四十二話 バレちゃった!
『そこまでにしなさい!』という言葉と共に、颯爽とルディ救出に向かったディア。また、言葉だけでは足りないと思ったのか、脱いだハイヒールでクリスティーナの頭を『スパン』と一発叩いて見せる。ヒール部分で叩かなかったのは武士の――令嬢の情けか。ただ、威力自体はまあまああったのか、思わず前につんのめりながら、それでも倒れることなくその場で踏みとどまったクリスティーナは、半眼でディアを睨みつける。
「痛いじゃないですか! なにするんですか、クララ!!」
「いい音が鳴りましたね、クリス。流石、頭の中に何にも詰まってないだけあります」
「な!? 誰が頭空っぽですか!? 失礼ですよ、クララ!!」
「今までの行動を鑑みて言ってくれます? よくもまあ言えたものですね……」
睨みつけるクリスティーナにはぁと小さくため息を吐いて、ルディを庇うようにその背にしたディアはクリスティーナを睨みつける。そんなディアの視線に一瞬、『うっ』と言葉を詰まらせるも、毅然とした態度でクリスティーナは言葉を発した。
「邪魔しないでください、クララ!! 私はルディとこの後しっぽりやるのですから!! 貴方は指を咥えて見ていやがれば良いんです!!」
「淑女がなんてこと言うんですか、この痴女!! そんなの許されるわけが無いでしょう!? 大体、ルディの意思は何処にあるんですか!? ねえ、ルディ!?」
ぐりんと振り返ったディアに、ルディは小さく頷いて見せる。もう何度目か分からないが――ルディだって健康な男子学園生。『そういうこと』に興味がない訳では無い。無い訳では無いが、流石に女の子に無理矢理『食べ』られちゃうのはちょっと勘弁願いたいのだ。主に、男の子の尊厳的に。
「……なんかルディ……格好悪いな……」
ディアの背に守られるルディ、という図にアインツがぽそっとそんな言葉を漏らす。そんなアインツに、ルディは悲しい目を向けて。
「……肉食獣の前に出たらアインツも分かるよ……この気分」
「……まあ、今のクリスは猛獣だしな」
「そういう事」
「だーれが猛獣ですか!?」
そんなアインツとルディの言葉に、クリスティーナの大声が響く。クリスティーナのその言葉に、ディアも頷いて見せる。
「そうですよ。それは流石にルディもアインツも失礼です」
「クララ……! ですよね!! 私は猛獣なんかじゃ――」
「『これ』は猛獣じゃありません。性欲に塗れた悲しき獣……性獣です。聖なる獣じゃないですよ?」
「そっちの方が酷いんですが!?」
無かった。令嬢同士の麗しい絆とか、無かった。
「大体ですね! 貴方、そんな事言ってますけど、ルディ前にしてそんな『待て』みたいな事が出来ますか!? 貴方だって口の端から涎垂らして迫るに決まってるじゃないですか!!」
「失礼な事を言わないでください!! 私は貴方みたいな肉食獣じゃないんです! ルディの後ろを三歩下がってついていく良妻になるんです!! 夜の森にルディと二人きりだからってそんな事はしませんからねー!!」
「はーん、どうだか!! 貴方だって心の底では抱えているんでしょう!? ルディを食べちゃいたいと思う心を!! 悲しき性獣を!!」
「だから一緒にしないでくださりますか!? 私はそんな事しません!! 何時だって私は『押し倒すよりも、押し倒されたい、マジで』の心境です!! すると言ったらちょこっとボディタッチを増やすことでルディが私を押し倒しやすくするぐらいですね!! 貴方みたいにはしたなくルディに迫ったりなんかしーまーせーん!!」
「嘘です!! ぜっーったい嘘です!! だまされないでください、ルディ!!」
「こっちのセリフです!! ルディ、私はそんな事をしません!! 何故なら最初はルディに押し倒されるのを願っているからです!! 信じて下さい、ルディ――ルディ? それに、アインツも……どうしたんですか?」
罵り合う令嬢二人の会話に呆れたから、ではない。アインツは額に手を当ててやれやれとばかりに首を左右に振って見せる。そんなアインツにはてな顔を浮かべ、その後ディアはルディの顔を――真っ赤に染まるルディの顔を見やる。ディアに視線を向けられたルディは、少しだけ照れくさそうに頬をポリポリと掻きながら。
「ええっと……勘違いだったらごめんなんだけど……ディア、僕のこと……好きなの?」
バレちゃった。恐らく、考え得る限り最低のシチュエーションで。




