第二百三十九話 お前、俺の事嫌いか?
「……お前ら。少し落ち着け」
クリスティーナとディアの言葉を聞いていたアインツが、疲れた様に――まあ、実際疲れているのだが、疲れた様子で目をぐりぐりと右手の親指と人差し指で軽く揉む。
「特にクラウディア。お前、そんな簡単にクリスティーナにまるめ込まれるな」
「アインツ! で、ですが、クリスの言う通り……美少女から迫られたら嬉しいのではないですか!? 男性は皆、そうなんでしょう!?」
「そうですよ、アインツ!! 美少女から迫られて嬉しくない男性が居るのですか!? それとも貴方、美少女に迫られて嬉しくないとでも言うんですか!!」
クリスティーナの言葉に思わずアインツも『うぐぅ』と言葉に詰まる。まあ、確かに? アインツだって男の子、美少女に迫られて嬉しくない訳ではない。
「はい、口籠った! ほら! やっぱり、美少女に迫られたら嬉しいんじゃないですかぁ!」
鬼の首を取ったように『にやり』と笑ってそう言って見せるクリスティーナ。そんなクリスティーナに、慌てた様にアインツは口を開く。
「い、いや、そうではない! そうではないだが……どう、説明したらいいのか……」
完全に間違っている訳ではないが、壊滅的に何かが違う。どう説得すればいいだろうと思うアインツに、尚もクリスティーナは言葉を続ける。
「じゃあなんで男性は何人も側室を囲うんですか!! 美少女――まあ、年齢的に美女の場合もありますが、ともかく容姿に優れた人間が側にいたら嬉しいんでしょう!? 違うんですか!! そうじゃないと説明が付かないでしょうが!!」
「……そ、それは……」
微妙に反論しにくい事を、とアインツは思う。さっきも言ったが、アインツも健康な男子学園生、美少女に――それも、胸の大きい女の子に迫られたら、そら嬉しい。嬉しいが、しかし、だ。
「側室を囲う……囲う、という表現は少々語弊があるが、男が側室を取るのは政治的な理由もあるぞ? 別に美少女や美女ばかりを取っている訳ではないが?」
「はい、ダウトー! そんな事言って、男性が側室を取る時に、別に家柄とかで釣り合わないのに取っている事だってあるじゃないですか! そもそも、その理論なら『お手付き』になる侍女とかいなくなりませんか!? でも、そうじゃないですよね!! それは結局、男性は皆、可愛い女性が好きだからじゃないですか!! 違いますか!?」
「……違う、と言いたい所だが……」
違う、と言いたい。言いたいがしかし、実際にそういう例がある以上、違うとも口に出し辛いのは、歴史というソースが示しているからだ。
「だがな? 別に男だって、女性だったら誰でも良いという訳ではないんだぞ? その……好みだってあるし、好き嫌いも当然ある。だから――」
「はーん!? 何言ってるんですか、アインツ!!」
そう言ってびしっとアインツを指差して。
「そもそも私、ルディには精一杯の愛情表現をしていますが!?」
「……ああ、まあ……うん」
「ルディだって無茶苦茶嫌って感じじゃなかったですよ!? 『時間は掛かるけど、真剣に考えるね?』と言ってくれていました!!」
「……言ったのか?」
アインツの言葉に、ルディはポリポリと頬をかく。
「……まあ、うん。似た様な事は。ほら、ずっとクリスは僕に好意を示し続けてくれていたでしょ? なのに僕はずっとのらりくらりとかわし続けて来たから……こう、真剣に考えて行こうと思ってるんだけど……出来れば、前向きな方向で」
「ルディ!」
「ルディ!?」
クリスティーナの歓喜の声と、ディアの絶望の声。異口同音でそんな事を言う二人のウチの一人、クリスティーナはディアの方を向いて『ふふん!』とばかりににやけ切った表情を浮かべて見せる。
「……確かに、多少――『多少』ですよ? 多少は強引だったかもしれませんよ? 知れません。ルディは確かに『時間は掛かる』と言っていましたし、待つのが筋なのでしょう。ですが! 私、ずっとルディの事が好きだったんですよ!! そんなルディと二人きりですよ!? ちょっとくらい、あじ――コホン。積極的に迫るのは仕方なくないですか!? 恋する乙女的に!!」
「……今、お前味見って言い掛けなかったか? というかだな? クラウディアじゃないけど、マジで盗人猛々しいを地で行くのな? あのな、クリス? 普通に考えてそんな無茶苦茶な理論、通ると思うか?」
美少女無罪――でもないけど、恋する乙女でも当然無罪にはならない。っていうか、普通に犯罪行為である、襲うのは。
「なんでですか!!」
「……はぁ」
疲れ切ったアインツは大きくため息を一つ吐いて。
「……お前、俺の事嫌いか?」




