第二十三話 大貴族、こえぇぇ
「……酷いです、ルディ様」
お昼休み。『流石にエディ達、クレアを構い過ぎだよ?』とクレア救出を果たしたルディは食堂で死んだ目をしたクレアに『ははは』と乾いた笑いを浮かべて見せる。
「いや……良かれと思って」
「何が良かれなんですか! 休み時間の度に私を一人残してクラウディア様の所に避難して!! 助けてくれるって言ったじゃないですか! 助けてくれるって言ったじゃないですかぁ!!」
恨みがましい目をしながらステーキを口に運ぶクレア。昼食から重そうなものだが、流石にクレアの体力がほぼゼロなのと、元々彼女は文字通りの肉食系女子なのである。
「いや、でもさ? 敵意のある視線は受けなかったでしょ?」
「ええ、ええ! 敵意の視線は受けませんでしたよ? でも、それ以上に『なんだあれ?』の視線を受けましたよ!! 言いましたよね。私! これ以上『悪目立ち』したくないって! なんですか、今日のアレ! 悪目立ちの極致みたいなものじゃないですかぁ!」
淑女らしくなく、バーンっと机をたたいて『ふぅ、ふぅ』と息を荒げるクレア。こっちこそ悪目立ちの極致みたいなものだ。
「ま、まあまあその辺で。ほら、クレア? 目立っちゃうよ?」
「ふぅ……ふぅ……そうですね。これ以上悪目立ちしちゃダメですね」
時すでに遅し。そんな感想も浮かばないではないが、それを心の中に止めてルディは殊更に笑顔を浮かべて見せる。
「ほ、ほら! 今日は僕の奢りだからさ! もっと食べる? デザートも追加しようか?」
「……それではケーキも追加でよろしいですか?」
「うん! 遠慮しないで! ほら!」
そう言ってルディは視線を横に向けて。
「ディアも何か頼みなよ! ケーキにする? アイスとかもあるかも!」
「……それでは私もケーキを頂きましょう」
横に座ってナイフとフォークで優雅に魚料理を食べているディアは、口元をナプキンで拭きながらそう答える。そんなクラウディアを見ながら、クレアはちょいちょいとルディを手招きして見せる。
「……なに?」
「その……なんでクラウディア様もご一緒なんですか?」
「なんでって……そりゃ、ディアが『私もご一緒しますわ』とか言ったからだけど……え? 不味かった?」
「ああ、いや、不味かったって訳では無いのですが……その、まあ、なんでしょう? 非常に気まずいと言いますか」
選ばれなかった女性と、選ばれた女性。実態はともかく、周りの視線としては『そう』映る。実際、入学市での騒動を知っている生徒からはクレアとディアが向かい合わせに座っている光景に目を見開くも、直ぐに首を傾げて通り過ぎているくらいだ。
「いや、でもさ? クレアは、ディアが気にしていないって知ってるでしょ?」
「……まあ」
クレアの中のディア評は……若干腑に落ちないモノはあるも先ほどのディアの態度とルディの言葉で、『まあ信用できるのかな?』レベルにはなっている。
「ディアもそうでしょ?」
「ええ。私はクレアさんと仲良くしたいと思っていますよ。本当に、心からです。ですので友好関係を深めているであろうお二人と、一緒に昼食を、と思ったのですが……ご迷惑でしたか?」
こくん、と首を傾げて見せるディア。そんな姿にクレアは慌てた様に両手をぶんぶんと振った。
「い、いえいえ! まさか、そんな事はありませんよ! クラウディア様が宜しければ、はい、問題ありません!!」
「それは良かったです」
クレアの言葉ににっこりと微笑むディア。そんなディアの様子にクレアは一つ胸を撫でおろし――そして、少しばかり言い辛そうに口をモゴモゴとさせる。
「ですが……そ、その、なんて言いましょうか……ええっと……にゅ、入学式の日の事もありますし……私と仲良くするのは、その……クラウディア様のご評判的に……い、いえ! 私が仲良くしたくないという訳ではなく!」
クレア的にはディアとクレアが仲良くなりたい訳ではない。なりたく無いわけではないが。
「……ああ。私とクレアさんが仲良くしていると、まるで私が貴女に尻尾を振っている様に見える、という事ですね? 負け犬よろしく」
こういう事である。『女性として負け、更に負けた相手に媚び諂っているように見える』という事をクレアは気にしていたのだ。なんと言っても大貴族、メンツ商売なのである。
「なるほど、確かにそう見えるかもしれません。口さがない人は言うかも知れませんね。面白おかしい話でもあるでしょうし」
「そ、その……も、申し訳ありません」
「あら、謝罪は不要ですよ。言わせたい人には言わせておけばいいですし、そんな事で私の価値が変わる訳でもありません。私は私の心の赴くまま、貴方と仲良くしたいと思いました。勿論、無理やり『仲良くなりましょう!』とは言いませんし、貴方がイヤなら身を引くつもりはあります。ですが」
一息。
「――誰になんと言われようと、私は貴方と仲良くしたい。そんな私の気持ちを、どっかの誰かに否定はさせませんわ」
そう言い切ると、にっこりと微笑むディア。そんなディアの姿に、クレアは眩しいものを見る様な目で見る。この高貴な女性は、どんな評判になろうとも私と『仲良く』したいと言ってくれるのだ。そこには大貴族も田舎貴族も関係ないと、そう言ってくれているのだ。
「……」
ああ、これだ、と思う。お母様が言っていた『素敵な友達』は、きっとこういう事なんだとクレアはしっかり理解する。私のこれからの学園生活はこの『クラウディア・メルウェーズ』という素敵な令嬢とお友達になり、楽しく過ごしていけるのだ、と。
「……ありがとうございます、クラウディア様」
「あら、水臭い。様付けはいりません。『クラウディア』で結構ですよ?」
「そ、その……そ、それでは……クラウディア『さん』」
「はい、クレアさん?」
にっこりと微笑むディアに、クレアも素敵な笑顔を返す。そんな二人を微笑ましそうに見つめ、ルディが口を開いた。
「……まあ、ディア? なんかあったら言ってよ。頼りないかも知れないけど、僕もなんとかするから」
「ふふふ。凄く頼りにしてますよ、ルディ。でもまあ、心配ないんじゃないですかね?」
微笑んだ笑顔のままで。
「――今の私の悪評を立てる様な貴族令息、貴族令嬢なんて先見の明が無いでしょうし、居ても国家の為になりませんわ。いい機会ですので、物理的に潰してしまいましょう。メルウェーズ家の権力を使って」
その笑顔のまま、クレアに視線を向けて。
「勿論、冗談ですよ?」
ぺろっと茶目っ気たっぷりにそういうディアに、クレアは思う。大貴族、こえぇ……と。




