第二百三十五話 アインツのプライド
「まあ、それはそれとして……どうなんです?」
「どう、とは?」
「だから……好みに関してです。あ、胸部装甲がどうのこうのはもう良いですから!」
そんなディアの言葉に、アインツはイヤそうに顔を顰める。
「……胸部装甲って。いや、だからな? そもそも俺は――」
「相手を選ぶことなんて出来ない、でしょう?」
言い掛けるアインツを手で制し、ディアはそう言って見せる。そんなディアに少しだけ鼻白んだ顔を浮かべた後、アインツは頷いた。
「そうだ」
「だから言ったじゃないですか。それはそれ、です。アインツの好みに合って、その上でアインツのお父様も認める相手なら最高じゃないですか?」
「それは……まあ、そうだな」
アインツだって好みはあるのだ。家柄も、能力も申し分なかったとしても……まあ、流石に毎日見る顔だ。何時かは衰えるとはいえ、出来ればまあ、そりゃ綺麗な方が嬉しいし、なにより胸はおっきい方が良いのである。
「少なくとも私は今、幸せですよ? 親が認めた相手で、思いっきり政略結婚でしょうけど……この上なく、幸せです」
華が咲いたかの様な笑顔を見せるディアに、思わずアインツがため息。
「……まだ未確定だぞ? 正直、メルウェーズ卿の一存でどう引っくり返るか分からないからな」
「知っています。ええ、ええ、分かっています」
でも、と。
「――助けて、くれるんでしょう?」
大事な幼馴染の為に、と茶目っ気たっぷりの笑顔で微笑んでみせるディアに、アインツは小さくため息を吐いて苦笑を浮かべる。
「……乗り掛かった船だしな。最後まで船を降りるつもりはないさ」
「あら? 照れてます、アインツ?」
「やかましい。それにしても……好みか~」
ディアの言葉にうーんと考え込むアインツ。それもしばし、アインツはポツリと。
「…………やっぱり胸、かな?」
「……本当にブレないですね、貴方は。っていうか、そもそも胸の何処にそんなに需要があるんですか? あんなもの、脂肪の塊ですよ? 年を取ったらみっともなく垂れるんですよ? そんなものが本当に良いんですか?」
「持たないモノの僻み、か……」
「事実を述べたまでです!」
ディアの言葉にアインツはもう一度うーんと考え込む。
「……まあ、正直胸の大小が女性の価値だとは思ってはいない。思ってはいないが……まあ、魅力的に映るのは確かだな」
「……」
「……なんだ、その顔は?」
「いえ……なんか一気に変態臭いな、と」
「お前が言えと言ったんだろうが」
「胸部装甲は置いて、と言いましたよ? それで? 顔はどんなタイプが好みです? クレアの様なクール系? クレアちゃんの様な可愛い系? 或いはスポーティな女性が好みですか?」
「ぐいぐい来るな、お前。なんだ? そんなに気になるのか、俺のタイプが」
「いえ、正直然程は気になりませんね。ですが……まあ、私も女の子ですので。コイバナは大好物です」
「これ、コイバナって言うのか? 好きなタイプを聞いているだけだろう?」
「なにを仰いますか。腐っても公爵令嬢です。アインツの好みを聞けば、アインツの好みの容姿で、家柄も申し分ない女性をご紹介できるかも知れませんよ?」
わくわく顔でそういうディアに、アインツはもう一度深いため息。
「お前の紹介など要らんといっただろう?」
「……あの時も聞きましたけど、別に私は胸が慎ましい女性だけとお付き合いがある訳ではありませんよ? きちんと胸部の豊かな方ともお付き合いがありますし、そこまで――」
「違う」
ディアの言葉を制して。
「お前と仲良くはしていきたいと思っている。幼馴染であるし、これからは『王妃』と『宰相』の関係になるだろう。肝胆相照らすという言葉もあるし、国の重臣同士、何かと関係が近いのは好ましい」
これが『汚職と癒着の温床』となる道ならばアインツは躊躇するが、生憎次代の王はルディかエディのどちらかだ。公明正大を地で行く二人ならば、『重臣同士の仲が良い』というのはメリットこそあれ、デメリットは無い。
「だが、近すぎるのも問題だろう? 俺の相手がお前の紹介など、ゴリゴリの癒着を疑われるし……何より、俺がお前の『子飼い』と思われるのはあまり宜しくない」
「……考えすぎじゃないですか、アインツ?」
「まあな。だが、無理に必要でないのであれば、痛くもない腹を探られるのは敵わん。何より」
一息。
「――クラウスは自力で相手を見つけたんだぞ? それなのに俺がクラウディアの紹介で生涯の伴侶を見つけました、なんて……屈辱だろうが」
「……本当に考えすぎですよ、それは」
ディアの言う通りである。でも、アインツだって男の子、プライドだってあるんだ。




