第二百三十四話　仲良し幼馴染

「貴方、ほんとーに最低ですね！　まだ言いますか！！　言っておきますけどね！！　女性の魅力は胸だけではないのですよ！！　なんでそれが分からないんですか、貴方は！！　っていうか、宰相閣下を継ごうとしている人が、女性の魅力を胸の大小だけで論じるってどういう了見でやがりますか！！」

　うがーっと気炎を上げるディア。そんなディアに『ふむ』と頷きながら、アインツはディアのつま先から頭のてっぺんまでを見回す。そんなアインツの視線にディアは胸を抱いてずさーっと後ずさり距離を取った。

「なにをいやらしい目で見ているんですか！！　人の事を舐めまわすように……サイッテイです！！」

「……」

「な、なんですか、その目は」

　距離を取ったディアに、心底哀れんだ視線を向けるアインツ。その視線に怯んだディアに、アインツはポツリと。

「…………舐めまわす程のボリュームも無いくせに……」

「マジでぶっ飛ばしますよ、貴方！？」

　先ほどは羞恥、今度は怒り。顔を真っ赤にしたまま、取った距離そのまま――否、それ以上の距離を詰めてディアはアインツの胸倉を掴み上げる。

「ぼうりょくはんたーい」

「時には必要な時もあります！！」

「少なくとも今じゃないだろう？」

　ディアに胸倉を掴み上げられていると言うのに余裕な表情を浮かべているアインツに、内心でディアが首を捻る。普段のアインツなら、『お、落ち着け、クラウディア！』とか顔面蒼白で言っている筈なのに、だ。そんなディアの視線に気付いたかアインツは口を開く。

「どうした？」

「いえ……何か貴方、冷静じゃありません？　いつもの貴方なら、もうちょっと焦りますよね？」

「まあな。だが、今回は焦る事はない」

「……失礼な事を言ったから？」

　ディアの言葉にアインツは首を左右に振る。勿論、失礼な事を言ったことも分かっているし、なんなら煽った自覚もある。あるがしかし。

「いいや。既にお前の暴力になれたから」

　とんでもない理由だった。

「……はぁ。もう良いです」

　なんだか馬鹿らしくなりながら、ディアはアインツの胸元から手を離す。ディアにより乱れた胸元をぴしっと直しながら、アインツはその視線をディアに向ける。

「まあ、冗談――でもないが、胸の大小だけで別に女性をみようとは思わん。豊かなら豊かな方が好みだと言うだけで……なんだ、ルディにも少し言ったが、俺の婚姻はクラウディアと同様、政略結婚だからな。どのみち、好みの女性と巡り合うとは思ってはいない。だから……まあ、そういう意味ではクラウディア、君の心配は無用だよ」

「……」

「俺の父上が俺にとっての……そうだな、『将来の瑕疵』になる様な伴侶を選ぶほど愚鈍だと思っているのか、クラウディアは。それならば随分と失礼な話で抗議が必要になるが？」

　アインツの言葉に、ディアは慌てて首を左右に振って見せる。

「そ、そんな事はありません！！　アインツのお父様が優秀なお方なのは重々承知しております！！　勿論、アインツの伴侶となるお方が、アインツの将来の妨げになる様なお方である事を許すとも思っておりません！」

「だろう？　だからまあ……結局の所、俺の伴侶はきちんと国家に貢献する嫁になるさ。そこに俺の好みなど関係ないさ」

　少しだけ寂しそうな笑みを浮かべるアインツに、ディアの胸が締め付けられる。そんなディアの表情の変化に、アインツは苦笑を浮かべて見せる。

「どうした？」

「……いえ。その、貴方が『枯れている』理由が分かった気がしました。そうですね、貴方には選択の権利は無かったのですね」

「それはお前もだろう？　クラウディア。そういう意味ではお前は凄いと思うぞ？　エディの婚約者でありながら、それでもルディを慕い続け、ついに――まあ、お前の力では無かっただろうが、ルディの伴侶の座を射止めるところまで来たのだ。純粋に尊敬するし……まあ、凄い執念だとも思うさ。正に、苔の一念、岩をも通すと言う感じだな？」

　少しだけ茶化すようにそう言って見せるアインツ。

「……だから、アインツは協力してくれるのですか？」

「それもまあ、ある。俺は努力する人間が好きだし、報われないながらも頑張る人間は応援したいからな」

　優しい笑みを浮かべて。

「それを抜きにしても……まあ、大事な幼馴染だしな？　誰だって大事な幼馴染には幸せになって欲しいだろう？　お前がルディを裏切る事は無いだろうし、クラウディアの性格上、ルディの前では可愛くあろうとするだろうし……まあ、ルディは幸せになるだろうからな。大事な幼馴染と大事な幼馴染が幸せになるんだ。ならばまあ……協力するだろう、普通に」

　今度は完全に照れたのであろう、顔を赤くしてそっぽを向くアインツに、ディアは優しい笑顔で――それでも揶揄うようなニヤニヤした笑みを浮かべて。

「あら？　あらあら？　アインツ、私の事、好きすぎません？　え？　そんなに私の事を大事だと思っていたのですか？」

「……そうだな。お前の胸がもう少し――では足りんが、大きければ、もっと好きだったな。愛の告白をしていかも知れん。惜しむらくは……お前はあんまりに、貧相だから」

「もう良いですよ、それ」

　アインツの照れ隠しに、ディアは可笑しそうに口を抑えて笑った。