第二百三十三話 天下国家を論じたとしても、それはそれ。
アインツのその言葉に『ええ~……』と言葉を漏らした後、ディアはコホンと咳払いを一つして。
「……男性から女性でもハニートラップですよ。ですが……流石に近衛をその使い方は……ちょっと、どうかと思いますが?」
ディア、ドン引きである。ラージナル王国の近衛と言えば正に『誉れ』、古くは王国成立前より存在した騎士団であり、ラージナルでも尤も格式の高く、歴史も長い軍隊なのだ。貴族令息の就職先の憧れで、貴族令嬢にとっては高嶺の花のそんな存在が。
「なぜだ? 貴族でも見目麗しい近衛騎士団が、他国の令嬢を接待すればそこそこ人気が出るだろうし……酒の力と彼らの魅力で、ぽろっと大事な事を喋ってくれるかも知れないじゃないか。『お嬢さん、可愛らしいですね?』とか、『マダム。もう少し私が早く貴方に出逢えれば……』とか言わせとけば人気でそうじゃないか?」
『ホストクラブ・このえきしだん』の開店だ。しかも、やることはガチ恋営業オンリーの。相当タチが悪い。
「……それはちょっとイヤなんですけど」
さっきも言ったが、近衛騎士団は高嶺の花なのだ。そんな近衛騎士団が、ホストクラブ化されるのは……の心情なのである。この辺り、彼女も生粋のラージナル貴族だったりする。
「まあそれは追々、だな」
「止めておきましょうよ? 絶対、他国の評判悪くなりますよ? 『またラージナル文化の悪い所が出た』って言われますよ?」
「だが、国の上層部はそういう考えだぞ?」
「え!? 『ホストクラブ・このえしきだん』を開店するつもりなんですか!?」
「そっちではない。っていうか、なんだ。『ホストクラブ・このえきしだん』って」
ジト目を向けた後、アインツは口を開く。
「そちらではなく……まあ、近衛を弱体化云々は今の所は考えていないが少なくとも、第二近衛に関しては大々的に募兵もするだろう。勿論、『優秀な平民』を、な?」
「近衛の……ややこしいですわね。元からある近衛が怒りそうですけど」
「実際、近衛の中からは『近衛騎士団に平民だと!?』みたいな意見は出ているとは聞いている。第二、という事で納得させている所だそうだ。まあ、エルマー殿の御父上も苦労したそうだが」
「エルマーの御父上?」
「クラウスとエルマー殿はニコイチで働くことになるからな。本当はエルマー殿ではない平民の技術者を派遣したかったらしいが……強硬な反対意見があって、エルマー殿を第二近衛騎士団に派遣したらしい」
まあ、幼馴染二人という所もあるが、と補足して。
「……ある程度規模が整えば、改名も必要だろうな。『平民が所属している軍に近衛を名乗らせるとは何事か!』なんて、古い貴族は言いそうだしな。まあ、最初のウチはネームバリューを使わせて貰うさ」
そう言って小さく笑い。
「……時代遅れの近衛と、最先端を行く第二近衛。そのどっちの団長に嫁ぐのがエカテリーナ嬢にとって幸せかは……まあ、分かるだろう、クラウディア?」
アインツのその言葉に小さくため息を一つ。
「ええ。リーナ様は聡明ですし……そうでなくても、あのお方はクラウス第一ですからね。どっちにしろ、そちらの方が幸せでしょうし……『私』の好みでもあります」
クラウスが近くに居てくれれば、ディアだって心易いのだ。クラウスの兄の事も知らない訳ではないが、それでもクラウス程仲が良いかと言われればこれは否だ。そんなクラウスの配偶者としてエカテリーナがなるのであれば、それはそれでウェルカムである。
「……分かりました。近衛云々はともかく……貴方の考えは理解しました。クラウスの地位が安泰であるのであれば、私もルディも嬉しいですしね」
「そこは心配するな。あいつは必ず……そうだな、『生き残る』さ。複雑怪奇な貴族社会でな。エカテリーナ嬢の補佐があれば完璧だろう」
「……そうですね。クラウス、おバカですし……リーナ様くらいしっかりした方が側に居れば安心でもありますね」
「そういうことだ。まあ……正直、非常に妬ましいがな!!」
『けっ!』と言いたげに行儀悪く唾を地面にペッと吐き捨てるアインツに、ディアは苦笑を浮かべて。
「それで? アインツはどの様なお方が好みなんですか? 話が逸れましたが……そもそも、私が聞きたかったのはアインツのお嫁さんですよ。貴方はきっと、一人でも貴族社会を生き残れると思いますが……そんな貴方の配偶者と、私だって仲良くしたいですし。宜しければ私が紹介しますが?」
精一杯のディアの優しさ。そんな優しさに、アインツはふんっと鼻を鳴らして。
「さっき言っただろう。胸の大きな女性だ。クラウディアの友人は皆、慎ましいからな。紹介なんぞいらん」
「マジで最低ですね、貴方!!」
そして、きっと胸部装甲に優れた女性とは仲良くなれないだろうと、ディアはその時に強く思った。




