第二百三十一話 おもちゃの兵隊
「……近衛騎士団の弱体化、ね。随分とまあ、壮大な計画を立てる事で」
アインツの言葉にポツリと呟くようにそういうディア。そんなディアに、アインツは言葉を続けた。
「なにも近衛騎士団を解体するという訳では無いぞ。さきほどの真逆を言うようだが『古い』と言うのは……伝統というのは、一朝一夕で手に入るものではない。そういう意味では、アレはアレで存続意義がある。だがな? 冷静に考えて見ろ? 数百年前の戦国乱世ならともかく……今のラージナル王国の現状で国王陛下が最前線に赴く必要があるか?」
「まあ、無いでしょうね」
王に求められるのは槍働きでは無いのだ。勿論、『それ』が必要な局面もあるにはある。あるにはあるが、それでも精々『戦争地帯』に出るまでで、『戦闘地帯』に出る様な事はないし、そんな事はあってはならない。『やあやあ我こそは!』なんて、名乗りを上げて一国の王様が馬に跨って戦場を駆け抜けるなんて……戦国乱世の数百年前ならともかく、今のラージナル王国の軍制上、逆に国王陛下に最前線に出て貰っては困るのだ。死んでもらっても困るし、捕まって貰ったらもっと困るからだ。そして。
「近衛が王の近くを衛る存在である以上、近衛騎士団を最前線に出すなど論外だし……まあ、そもそも貴族所帯のあそこで最前線など出て貰っても困るしな」
なまじ、近衛が『そこまで』弱くないと言うのがまた厄介なのだ。これで『前線に出る? 無理無理!!』と言ってくるような軟弱な輩ばかりなら逆に楽なのだが。
「……そもそも近衛がヤる気満々な軍って……他所の国にはないだろう、そんなの」
少しだけ疲れた様にため息を吐くアインツ。そう、他国の――例えばスモロア王国にも近衛騎士団と似た様な、貴族だけで構成された『ロイヤル・ガード』という、スモロア王国の近衛騎士みたいな部隊があるが、『あっち』と『こっち』では毛色が違い過ぎるのだ。洗練されたロイヤル・ガードと、野蛮な香りすらする近衛騎士団では月とスッポン、提灯に釣鐘なのだ。
「まあ、ラージナルらしいと言えばラージナルらしいじゃないですか」
「国家の中央集権化が他国に比べて遅れていたからな、ウチは。近衛騎士団が良くも悪くも『近衛』の『騎士』だった流れからくるものだし、一概に悪いとはいえんが……他所の国から『これだからラージナル文化は……』と小馬鹿にされるのも癪と言えば癪なのだがな」
こんな所でもしっかりガラパゴッっているのである、ラージナル文化。
「頼りになると思えば宜しいじゃないですか。確かに近衛が前線に出て貰ったらこまりますが。特に……殉死などした場合には」
平民と貴族、命に貴賤も軽重も無い。無いがしかし、平民階級に比べて貴族階級の場合はその後に『家』が絡むのだ。まあ、平民だって厳密には家が絡むが……影響力云々を考えたら、貴族の命の方が『面倒』ではあるのだ。事の大小は違うも、結局国王陛下が最前線に出るのと同じ理由で、近衛騎士団にも戦場に出て貰うのは困るのだ。
「その通りだ。まあ、捕まったりした方がよほど面倒だがな。無い方が良いが、もしそういう事態になったならば、潔く散ってくれた方がマシではある」
アインツの言葉は冷たい様だが、一つの真実でもある。死んで『くれたら』、国家の英雄とか守護者とか適当に奉って、遺族の爵位を上げたりなんやらでちゃんちゃん、で終わるが、捕虜になんかなって貰ったら後々の交渉が面倒だからだ。なまじ、有力貴族の場合なら土地の割譲と言い出しかねないし、宮廷貴族ならばともかく、諸侯貴族みたいな『竈の灰までオラがもの』な貴族が自分所の子供の為にそこまですると言った場合、王家には文句の付けようがない。正確には文句は付けれるし、もっと言えば強権発動させて取り下げさせたりも出来ない訳ではないが、流石にそれをすると後がもっと面倒なのだ。
「よく言ったものだな。『貴族として生まれた以上、命よりも名を惜しめ』とはな」
「捕虜になるのは反対ですか? 生きて虜囚の辱めを受けず、と? そういうお考えでしたっけ、アインツ?」
「まさか。臥薪嘗胆では無いが、一度や二度の負けで死ぬ必要は無いだろうとは思うさ。別に恥ずかしい事でも無いしな、捕虜など。まあ、生き汚く生きるのはどうかと思うが。そもそも、勝敗は兵家の常だ。一度の負けで死んでもらったら後の人材も育たんさ。ただじゃないんだ、人材育成だって」
「人材育成と人材集めが趣味のアインツらしい言葉ですね。それで? アインツは近衛をどうしたいのですか? 近衛騎士団という組織自体を、一体、どういう方向に持っていこうと考えているのですか?」
そんなディアの言葉に。
「近衛をお飾りの、『おもちゃの軍隊』に変えるのさ。戦力も何もない、ピカピカの、磨き上げられた軍隊に――ただただ、そこに所属するのが『名誉』だと、そう思えること『だけ』が、存続理由である」
そんな、『おもちゃの兵隊』に。
「近衛騎士団を、そうしたいのさ、俺は」




