第二百二十八話 欲張りな男
「……ふむ」
ディアの言葉に、アインツは少しばかり考え込む。
「俺が、『アインツ・ハインヒマン』だから、クラウディアは俺の相手が誰か気になる、と」
「ええ。勿論、貴方だけではなく、クラウスのお相手も気になりますが」
「クラウスのお相手はもう決まりだろう」
「ええ。エカテリーナ……リーナ様で決定でしょうね」
そう言ってディアはぶるりと少しだけ体を震わせる。
「……私が言うのもなんでしょうが……リーナ様も随分『重い』ですよね? まさかクラウスを囲い込む計画まで立てているなんて……」
「……お前が言う程なのだから、よほどなのだろうな」
ディアとて自分が『重い』女であることは認識している。まあ、これも恋する乙女ならではと自身で思ってはいるが。そんなディアに、アインツは何でもない様に応える。
「なるほどな。『ハインヒマン』と『ルートビッヒ』の結婚相手が気になる、と」
アインツの言葉に『ええ』とディアは頷いて見せる。
「アインツとクラウス……貴方達はルディとも、エドワード殿下とも仲が良い。クラウスはともかく……貴方はお父様の後を継いで、宰相の地位を継ぐつもりでしょう?」
「宰相は世襲の地位では無いがな。だが、『狙って』いないとは言わない」
「なれば、貴方もクラウスもルディや、エドワード殿下の『側近』です。ならば、その側近の『お相手』は気になってしかるべきでは?」
そこまで言ってディアは気まずそうに顔を背ける。
「……こういう言い方は……『あれ』ですが」
「他言無用にしよう」
「……リーナ様はとても素敵な方でした。なんとなく、自分に似ている気もして……とても、仲良く出来そうな方です」
「…………そりゃそうだろう」
なんせ、ディアが評して『愛が重い』だ。そら、ディアそっくりだろうし、仲も良くなるだろう。そんなアインツの言葉に、気まずさを二倍にした顔でディアは口を開く。
「そんなリーナ様なら……クラウスではなく」
「……まあ、近衛はクラウスの兄が継ぐだろうからな。王家――は、正しくないか。『国家』の事を考えると、そちらがベターだな」
今後、どうなるかわからない――まあ、ディアはルディに嫁ぐ気満々だが、分らないがらも、ディアが『国王の嫁』の第一候補であることは間違いない。それ即ち、王妃であり、国家の重鎮であり……そして、国家の舵取り役のその一端を担う事になるのだ。表向きはともかく……『女の世界』という戦場の中で、信頼できる味方は幾ら居ても問題ないのだ。だから、ディア的には『処遇がどうなるか分からない』クラウスではなく、『国王の側近中の側近』により近いクラウスの兄の配偶者にこそ、信頼できる人にはなって欲しいのだ。
「……最低な事を言っていますね、私。軽蔑しましたか?」
だがそれは要は、『国家の為に結婚相手を変えて欲しい』というディアの我儘に過ぎない。そんなディアの何時にない『しゅん』とした姿に、アインツは鼻を鳴らす。
「なにを今更。軽蔑? ちゃんちゃら可笑しいな」
「……そう、ですよね。私――」
「――そもそも、そんな事を言いだしたらお前はどうなんだ? 『元』エドワード・ラージナルの婚約者である、クラウディア・メルウェーズは?」
「――私?」
「ああ。お前こそ、『国家の為の犠牲者』だろう? 愛したのは兄、婚約したのは弟。ある意味、一番不幸なのはお前だろうが」
「……」
「……なぜ、俺やクラウスがお前の協力をしていると思う? まあ、国家の為というのはあるが……一番は、お前が小さい時からルディの事をずっと大好きだったのを知っているからだ。エディは悪い奴では無いし、国王としての器は充分あるが……まあ、それだけで解決しないのが色事だからな。そんな幼馴染が、積年の想いをかなえられるのならば……まあ、協力してやりたいと思ったからだ」
「……アインツ」
「クラウディアの言っている意味は良く分かる。エカテリーナ嬢は聡い子だ。クラウスには勿体ないし……本当に、勿体ないし!」
「……私怨が入ってません?」
「多少はな! なんであいつにばっかり可愛い幼馴染がいるんだ! 俺には腹黒と性悪な幼馴染しかいないのに! くそ! 人生って本当に、クソみたいなもんだな!!」
「なんで急に私を撃つんですか!? クリティカルなんですけど!!」
「気のせいだ! ともかく……お前の言いたいことはよくわかる。だがな? 俺は……正直、無茶苦茶悔しいし、妬ましいが……エカテリーナ嬢とクラウスはお似合いだと思うんだ。クラウスはバカでは無いが、アホだからな。あいつにはしっかりとしたエカテリーナ嬢の様な人が似合うだろう。いい具合に手綱を握ってくれるさ」
「……国家よりも、友情、ですか?」
「まさか。俺は欲張りなんだ。国家も友情も、どっちも取るさ」
そう言ってアインツは薄く笑って。
「頭は良いんだからちょっとは考えろ、クラウディア。別に、クラウスが近衛じゃなかったとしても――国の中で確固たる地盤を築けばいいんだろう? 近衛なんか目じゃないくらいの、確固たる地位を、な?」




