第二百二十七話 貴方の事が気になる、三つの理由
「本当に失礼ですね、貴方は!! 本当になんだと思っているんですか、私の事を!!」
ぷりぷりと怒るディア。そんなディアに、アインツは慌て――る事はなく、冷静に言葉を返す。
「なにを今更。本当の事だろう? クラウディアはルディ命。何か間違いがあるか?」
ディアはルディ第一。アインツなんて、その辺に捨て置かれる路傍の石となんら変わりない。そう思うアインツに、ディアは盛大にため息を吐いてジト目を向ける。
「……別に私はルディ命……で、あるにはあるんですが……貴方の事をそこまで大事に思ってない訳ではないですよ? 少なくとも、貴方が幸せであれば良い、くらいは思っています。まあ……ルディと貴方が崖から落ちそうになっていたら、貴方を突き落としてルディを救うでしょうけど」
「……俺を突き落とす必要、なくないか?」
「だって二人分の体重が掛かったら崖が崩れるかもしれないじゃないですか。それならアインツを落としてゆっくりルディを助けます」
「鬼か」
「冗談ですよ。そんな事をしてもルディはきっと喜びませんし……むしろ、恨まれるでしょうからね。『なんでアインツを突き落としたのさ! それなら僕を落とせばよかったのに!』と……まあ、これくらいは言うでしょうね」
「あいつも悉く自己評価の低い奴だからな~」
ディアの言葉にアインツも苦笑を浮かべる。確かに、ルディなら言いそうだ。
「まあ、それは置いておいて……私は実際に貴方がどんな女の子を選ぶのかは興味がありますよ」
「また嘘か?」
「本当です。まあ、疑っていらっしゃるようですから理由としては……大きく、三つ」
「ふむ。傾聴しよう」
アインツの言葉に頷き、ディアは人差し指をピンと立てて見せる。
「まず一つ。私が純粋に幼馴染の貴方のこと――」
「ダウト」
「――せめて最後まで聞いてくれませんかねぇ!? 先ほども言いましたけど、私だって別に鬼でも悪魔でも人でなしでもありません! 純粋に幼馴染の幸福を祝福するくらいの度量はありますよ!?」
さっき崖から突き落とすと言っていたくせによく言う、とアインツは思うが、懸命なアインツは口にしない。面倒くさくなるからだ。
「……まあ、確かに幾らクラウディアとは言え、幼いころからの馴染みの不幸を願う程は極悪人ではない、か」
「……本当に貴方、私の評価が低いですね? 貴方達くらいですよ? 私のことをそこまで酷評するのは。これでも『美少女公爵令嬢』と言われているんですからね?」
「顔の話はさっきしただろう? 俺たちが言っているのは性格の方だからな」
「貴方達は……まあ、良いです。次、二つ目」
今度は中指を立てて――変な意味ではない。ピースサインを作ってアインツに視線を向ける。
「私だって女の子です」
「知ってる」
「女の子は何時だって、美味しいお菓子と恋愛話に飢えているんです。あんまりよく知らない相手だってきゃーきゃー盛り上がれるのが女の子なんです。いわんやそれが幼馴染ならば?」
「酒の――ちがうな、お茶会の肴か?」
「まあ、そういう側面も無い訳ではありませんが。それなら貴方も納得が出来るでしょう?」
「まあな。正直、これっぽちも嬉しくは無いが」
渋い顔をしながら頷くアインツ。そりゃ、『やっぱ知り合いのコイバナ、楽しいよね~』とあっけらかんと言われると、流石にアインツだっていい顔はしない。
「まあ、それくらいは受け入れて下さいな。貴方達だって――」
そこまで言って、ディアは口籠る。
「……思えば私達のコイバナで、貴方達には迷惑ばかりかけていますね?」
クリスティーナしかり、ディアしかり。精々、メアリが迷惑を掛けていないくらいか? そんなディアの言葉に、アインツはふんっと鼻を鳴らす。
「まあ、確かにお前らの尻拭いでいつも奔走はしているな」
「……今度、何か美味しい物でも差し入れしましょうか?」
「いらん。それに、別に『奔走』はしているが『迷惑』とは言っていないだろう? お前が俺らを『幼馴染』と思っているのと同様、俺もお前らの事を大事な『幼馴染』と思っているのだ。幼馴染が不幸になるよりは、幸福になる方がよほど良いだろう?」
そう言ってニヤッと笑って見せるアインツに、今度はディアが渋い顔をして見せる。
「……意地の悪い男はモテませんよ?」
「おや? なんのことだ?」
「ふんだ。私と同じくらい、貴方だって私たちの事を大事で、大切だと思っているのでしょう? なら、最初の言葉で信じて下さればいいのに」
暗に、『お前が俺らの事を大事に思っているのは知っている』というアインツの言葉に、嬉しいやら腹立たしいやらのディアの言葉に、アインツは苦笑を浮かべて手をひらひらと振って見せる。
「まあ、ルディ第一のクラウディアだからな。ルディに比べれば価値は無いだろうが……そこまで薄情だと本気で思っている訳じゃない。そこまで――」
「……」
「――……なんだ? その気不味そうな顔は。なんだ? 本気で薄情なのか?」
「い、いえ! 薄情という訳ではありませんが……」
そう言って薬指を最後にピンと立てて。
「その話の後で言い難いのですが……最後の理由は、貴方が『アインツ・ハインヒマン』だからです」




