第二百二十三話 貴族っぽい小芝居
ルディとクリスティーナが遭難――というより、クリスティーナの拉致監禁みたいなもんだが、ともかくそんな事態になっていた頃、ディアとアインツは二人で肝試し会場である王家の森を歩いていた。そうは言っても幼馴染の二人で、仲自体は決して悪くない。というか、良い方である。じゃ無ければ、ポンコツ街道まっしぐらのディアのフォローを、なんでアインツがしているのだ、という話である。ドMではないのだ、アインツは。なので、普通に二人は仲睦まじく談笑しながら、王家の森を歩いていた。
「……はぁ」
……なんて事はなく。
「……」
「……はぁあ」
「……」
「……はぁあああああああ~」
「……おい、クラウディア」
既に何度目か、クッソ大きなため息を吐きだすディアに、アインツが胡乱な目を向ける。そのまま、こちらも大きなため息を吐いて。
「鬱陶しい」
ディアの気持ちもまあ、アインツも分からんではないのだ。愛するルディと一緒に行きたいのもあるだろうし、そのルディのパートナーがよりによって最大のライバルと言っても過言ではないクリスティーナなのだ。そら、心配にもなるだろう。心配にもなるだろうが。
「一歩、歩くたびにため息を吐くな。そのせいで全然進まないじゃないか。さっさと終わらせて、さっさと帰るぞ」
付き合わされる方は溜まったもんじゃないのだ。アインツだってディアとルディの仲を応援するつもりは十二分にあるが、だからと言ってこれ見よがしに『お前じゃなかったらな~』という態度を取られるのはそこはかとなくムカツク――
「……だって。私のパートナー、アインツですよ? なんですか、これ。物凄く非生産的な事をしているじゃないですか」
「……こっちのセリフなんだがな、それは」
ムカツク、なんてことはない。お互い様なのだ。ディアがアインツの事をなんとも思って無いのと同様、アインツだってディアはノーサンキューなのである。アインツにだって選ぶ権利はあるのだ。
「……何を言っているのですか、アインツ。貴方は生産的じゃないですか。こんな可愛い子と夜道を二人きりですよ? 役得だと思いなさい」
少しばかり『むっ』とした顔でそう言って見せるディアだが……正直、これはちょっとした小芝居である。流石に、ため息ばっかりついていたのはアインツに申し訳なかったかな~と思ったからだ。社交界で良くある、ウィットに富んだ会話、というやつだ。いや、本当にウィットに富んでいるかどうかは別として、アインツもこのクラウディアの小芝居に乗る。少なくとも、ため息よりは生産的だ。
「客観的に見て、お前が美少女であることは認めてやろう」
「ルディが居なければ口説きたくなるほど、ですか?」
ふふん、とそう言って笑って見せるディア。そんなディアに、アインツは肩を竦めて見せる。
「……確かに、『傾国の美女』と呼ばれても可笑しくない容姿はしているだろうな。ルディ云々は置いておいて……まあ、今度のデビュタントでは話題を独占するだろう、とは思っているさ」
そう言って見せるアインツに、少しだけ不満そうにディアは唇を尖らせる。
「あら? 私はデビュタントについての話はしていませんよ? 『貴方が』どう思うか、それを聞いているのです。客観的に見て美少女である私を、『アインツ』という幼馴染が、どう思っているか……それを、聞いているのですよ?」
可愛らしく首を傾げて見せるディア。そんなディアの言葉に、アインツは肩を竦めて見せる。
「いいや。主観的に見てもお前が美少女であることは認めるさ。認めるが……口説くかと言われると……」
アインツは確かにディアの事を美少女だと思っているし、それ以上に非常に魅力的な女性だとも思っている。本人に言ったら調子に乗るだろうから言わないが、ふとした仕草に『女性』を感じてドキッとした事も一度や二度ではない。無いがしかし、だ。幾らディアが美少女で、色気があって、きっと社交界でも人気になるとしても、アインツがディアを口説くことはない。これは別にルディに一途だから、とかではなくて。
「…………クラウディアは、ほら。性格が……終わってるから」
「ぶっ飛ばしますよ、アインツ!?」
小芝居を最後まで続けることが出来なかった。つい、本音が出ちゃったのだ、アインツ。




