第二百二十二話 王家の森は危険がいっぱい!
「楽しんでない? って……」
クリスティーナの言葉に、ルディはしばし考え込んで見せる。やがて、にこりと笑って。
「……まあ、ちょっとだけ」
「……遭難、しているんですよ?」
「いやまあ、そうなんだけど……遭難だけに」
「面白くないです」
「ごめん。でもさ? こう、ちょっとわくわくしない? 大冒険の幕開けっていうか……そもそも、クリスだって好きじゃなかった、こういうの?」
過去の記憶をたどってそういうルディ。そんなルディに、クリスティーナはイヤそうな顔を浮かべながら、それでも不承不承に頷いて見せる。
「確かに子供の頃は……まあ、そういう風なフシもありましたが。それだって六歳とか七歳の時の話でしょう?」
前述通り、幼い頃のクリスティーナは我儘で活発なお姫様だった。幼い頃にラージナル王国を訪れる度に、物珍しさも手伝ってルディやエディを連れまわして『冒険』という名の王城探索に出た事も一度や二度では無いのだ。
「今更そんな事でテンションなんかあがりません。ルディこそ、あの頃は苦笑しながら付き合ってくれてたじゃないですか。決して冒険とかが好きな風には見えませんでしたけど?」
「まあ、僕にとっては自分の家だからね。流石に自分の家の探索でテンションはそこまで上がらないかな?」
精神年齢自体は成人男性だが、当時のルディの肉体年齢は六歳とか七歳なのだ。そこまで体力も無い以上、必然的に自身の生活範囲での探索になるし、まあ、面白くは無いのだ。
「……それなのに、ルディはよくお付き合い頂きましたね?」
少しだけ懐かしむ様にそういうクリスティーナ。そんなクリスティーナに、ルディは苦笑を浮かべて見せる。
「まあ、クリスはずっと目を輝かせてたしね。あんまりこっちに来る機会も無かったから……少しくらいは、ね?」
優しい目でそういうルディ。そんなルディに、クリスティーナも嬉しそうに顔を綻ばせ。
「…………なんか、孫を可愛がるお爺ちゃんみたいな目なのがそこはかとなく、イヤなんですけど……?」
綻ばせ、ない。ルディの瞳の色は、まるで『おお、おお、遠くからよく来たね~。ゆっくりしていきんしゃい。なに? 探検? ははは! なら、お爺ちゃんも付き合ってやろう。ほら、こけるんじゃないよ?』と言っているおじいちゃんのモノだからだ。
「そういうつもりはないけど……」
遠くからくる幼馴染が楽しんで帰ってくれたらいい、という視線なだけで、別におじいちゃんの視線のつもりはルディには無い。まあ、五歳児が同い年の幼馴染に思う事では無いだろうし、実質的にはお爺ちゃん目線で間違ってはいないが。
「ともかく、今はそんな事をしている場合じゃないです、ルディ。遭難している以上、体力の消費は抑えないと。ほら、早く寝ましょう! 睡眠が一番いい休養で――――」
そこまで喋り、クリスティーナはその口を閉じる。そう、気付いてしまったのだ。
――あれ? これ、チャンスじゃね? と。
遭難という非常事態、暗闇で二人きり、邪魔するものは誰も居ない――クリスティーナ的にはチャンスタイムなのだ。これは、きっと神の思し召しに違いないとクリスティーナは信じてもいない神に感謝して、ルディに視線を向ける。ちなみに、全部自分自身で起こした結果であるが、マッチポンプとかは言ってはいけない。恋する乙女は素敵に無敵なのだ。
「そ、その……ど、どうでしょう? 流石にこんな硬い切り株の上で寝ると体を痛めてしまいますよね?」
「寝るかどうかはともかく……まあ、そうだね」
「で、でしたら! こう……だ、だきゅ! コホン、噛みました。こう、だ、抱き合って眠れば良いんじゃないかと愚考するのですが!!」
「……マジで愚かな考えじゃん。いや、クリス? 抱き合って眠るって……それだって、結局、切り株の上で寝るんで体が痛く――」
「違います」
「――なる……違う?」
ルディの言葉を遮るクリスティーナ。そんなクリスティーナに、きょとんとした顔を見せるルディ。ルディの表情を見つめて、クリスティーナはゆっくりと口を開いて。
「――ルディの言っているのは横向きですよね? 違います! 肉布団、です!! 心配しないでください、ルディ!! 私が下になりますので、ルディが私を敷布団代わりに抱きしめて眠って頂ければ!! そうですね、押し倒す形を想像して頂ければよろしいかと!!」
こんな時でもクリスティーナさんは欲望に忠実だ。
「…………何言ってるの、クリス?」
対してルディはドン引きである。何にドン引きって、すべてに対してドン引きだ。
「こう見えて私、そこそこ肉付……というと語弊がありますが、成長する所はしっかり成長してますし! ほら、頭を胸の辺りに乗せて頂ければ、きっと寝やすいかと!!」
「マジで何言ってるの、クリス!? そんな事出来る訳無いじゃん!!」
「きっと、気持ちいいです!! クララには出来ないことですよ、これは!! そ、その……ルディならいいですよ!! 寝惚けて私の胸で……きゃ、きゃー! 言わせないでください!! ルディのえっち!!」
「え? なにこの冤罪感のハンパなさ。僕、何も言って無いのに」
「さ、さあ! ルディ! 早く……ぎゅって……して……」
そう言って両手を広げるクリスティーナ。クリスティーナだったが。
「ちょ、クリス!? ぎゅってしてって言いながらじりじりにじり寄って来るのはなんで!?」
「私、敷布団派ですけど、よく考えたら私が押し倒して――コホン、私が掛け布団になってルディを暖めても良いかなって!! ほら、ルディ、早く! ちょっとだけ……さきっぽだけですから……」
「本気で何言ってるの、クリス!? 怖い怖い!! 目が! 目がガン決まってるんですけど!?」
じりじりとにじり寄りながら、はぁはぁと息を荒げて、ガン決まった目で、じゅるりと涎まで垂らしているクリスティーナ。
――喰われる。
本能的にルディはそう悟り、その恐怖から思わず目をぎゅっと瞑って。
「――何をしているのですか、貴方はぁーーーーー!!」
物凄い勢いでクリスティーナが真横に吹っ飛んでいくのを、目を開けたルディは見た。先程までクリスティーナのいた場所には、髪の毛に小枝を付けて、あちこちほつれたドレスを着た。
「……ディア?」
「大丈夫ですか、ルディ! あの痴女になんかされませんでしたか!?」
どうやら、ルディの冒険と――クリスティーナの欲の宴は、始まる前に終了したらしい。




