第二百二十一話 なんか童心に帰ってない?
『きゅー』というお腹の音を鳴らしたクリスティーナだったが、ルディに貰ったお菓子を食べて一息――腹の虫も一息吐いたのか、ふと心配そうな顔をルディに向ける。そんなクリスティーナの顔に、ルディは首を捻りながら口を開いた。
「どうしたの、クリス? 変な顔して」
「変な顔って……可愛い顔でしょう? 女学生特有の自惚れを除いても、そこそこ顔は整っていると思っているのですが、私?」
そう言われて、ルディはもう一度クリスティーナの顔をマジマジと見つめる。前々から美人だ、美人だとは思っていたが、改めて言われると成程と頷ける美貌であり、ルディは素直に頭を下げて。
「訂正するよ。変な『表情』してどうしたの?」
「……まあ良いでしょう。変な表情ではありませんが。普通に、心配の表情です」
「心配? 心配って……何が?」
ルディの言葉に、クリスティーナの顔に不安の色がよぎる。
「ええ。だって今、私たちは遭難しているんですよ? そんな状態で、貴重な食料を食べてしまって――私に分け与えて良かったのですか?」
「逆に聞くけど、こういう状況で分け与えない様な酷い奴に映ってる、僕って?」
そんな風に思われるのは心外である。そう思うルディに、クリスティーナはゆるゆると首を左右に振って見せる。
「まさか。ルディなら、わが身を犠牲にしてでも私を助けてくれると……そうですね、信じています。信じていますが、そちらではなく『今』食べてよかったの方が大きいですね」
少し意地悪な言い方でしたね、と頭を下げるクリスティーナに、ルディはきょとんとした表情を浮かべて見せる。
「え? でも、クリス、お腹空いてたんでしょ? お腹鳴ってたし」
「空いてましたが! そうではなく……今のこの状況で貴重な食料を食べてしまって良かったのですか? もうちょっとこう、限界に近くなって……生死の境まで、ギリギリまで取っておいた方が良かったのではないか、と」
クリスティーナ的にはその心配は当然のものだ。いつ救助が来るか分からない状態、確かに多少お腹は減っていたのは事実だが、耐えきれない程ではない。ならば、本当に生き死にが掛かった状態で食べるべきだ。まあ……想い人の前でお腹を鳴らすという失態だ。乙女の尊厳は無事、爆死したのだが。
「あー……まあ、クリスの懸念も当然と言えば当然だけど……そんなに心配しなくても良いんじゃない? きっと直ぐに助けが来るよ」
対してルディは楽観的である。幾らこの『王家の森』が広大だと言った所で、所詮は十代の二人が歩いた程度の距離でしかない。今は夜で見通しも悪いが、一晩明けて視界が確保できれば帰り道を探すのも可能だろうし。
「最悪、その辺に自生している茸とか木の実食べて飢えをしのげばいいんじゃない? あんまりお行儀は良くないけど、緊急事態って事で」
こう見えてルディ、前世ではクソゲーと呼ばれる『わく王』をプレイした身だ。男性的な視点から本編に感情移入は――まあ、女性でも出来ない程に酷い出来だったわく王だが、ともかく『こっち』、つまり『王家の森』の方は楽しくプレイさせて貰った身であり。
「……毒とかの判別が出来ませんよ、私?」
「その辺は僕がなんとかするよ。なんなら先に食べても良いよ? 文字通り、毒見で」
この辺りに生えている茸や木の実に毒が含まれていないことなど、承知なのである。まあ、調理次第では毒にもなるのであろうが……少なくとも、死ぬことは無いであろうという読みである。
「ま、なんとかなるよ。ともかく救助が来るまでしばしの休息と行こうじゃない」
ルディのこの見通しは端的に言ってまあ、甘い。甘いがしかし、幾らクソゲーと云えど自身が遊んだ身、加えて楽しくプレイした『王家の森』だ。
「……朝まで休憩してさ? それでも救助が来なかったら……探検とかしようよ!! なんか面白いものが見つかるかも知れないし! ひょっとしたら過去のラージナル王が残した遺産とか、遺跡とかあるかも知れないし!! 良いじゃん、冒険! ちょっとわくわくしない、クリス?」
……まあ、テンションも上がるってもんだ。『確か、森の奥地に王家の秘宝とかあったよね』とプレイ内容を思い出して少しだけわくわくもしていたりする。そうは言っても王子様、自由時間は少ないし、こういう時じゃないと『はっちゃける』事が出来ないと言う事情もある。そんなルディに、クリスティーナは珍しく呆れた様な表情を浮かべて。
「……なんかルディ、この状況を楽しんでません?」
そう言って小さくため息を吐いた。




