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平凡王子は今日も密かに悪役令嬢の『ざまぁ』を志す……けど、愛がヘビー級の悪役令嬢に溺愛されている平凡王子はもう、まな板の上の鯉状態ですが、なにか?  作者: 綜奈 勝馬


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第二百二十話 生理現象


『むしろウェルカム!』と気炎を上げていたクリスティーナだが、『いやいやそうじゃない』と思い直したか、急に『しゅん』となって俯く。感情の揺れ幅がジェットコースターなクリスティーナに、ルディが苦笑をしてその頭をポンポンと撫でる。


「……るでぃ……?」


「そんなに落ち込まなくて良いよ。そうは言っても学園の行事の話だし……此処、危険なものは無いからね」


「……そうなんですか?」


「うん」


『今度は一狩り行こうぜ! になるんじゃない!?』と言われていたこの『王家の森』だが、残念ながら……というか、順当に普通のオープンワールドゲーになっていたのを、前世でプレイしていたルディは知っているのだ。この森には熊とかトラみたいな危険な生物は出てこないし、普通に過ごしていればどうとでもなるのである。ちなみにだが、この『一狩り行こうぜ!』を期待したファンにはこの『王家の森』、とてつもなく不評だったということだけ特記しておく。乙女ゲーに求めるものでは無いのだが。


「それに……自国の王子と他国の姫が行方不明なら、学園側も一生懸命探してくれるよ。それこそ、命懸けで」


 これはガチである。勿論、ディアやアインツ、クラウスなんかも高位貴族であり、彼ら、彼女らが遭難すれば学園は必死で捜索隊を組織するだろう。組織するだろうが、『王族』は流石に格が違う。学園全体のみならず、国家、それもラージナル、スモロアの合同捜索隊すら設置した本気の救助活動が展開されるのである。


「だからまあ、問題ないよ。ゆっくり救助を待とうよ」


 そう言ってルディは周りを見回すと、丁度良さそうな切り株を見つけてハンカチを敷く。


「はい、どうぞ、クリス。立ってたら体力も使うしさ? ほら、座って座って。あ、ハンカチ小さい?」


「そんなに大きなお尻はしていません! していませんが……」


 チラチラとルディの方を見るクリスティーナ。『本当に座っても良いのだろうか?』と言わんばかりのその表情に、ルディは微笑を浮かべて見せる。


「ほら! そんなに気にされたら、僕だって気を遣うし! いつも通り、いつも通り行こうよ?」


『早く座って!』と自身も腰かけた切り株の横をポンポンと叩くルディ。そんなルディに遠慮がちに『失礼します』と言ってクリスティーナがルディの隣に腰を降ろす。少しばかり汗をかいたか、ルディの方からそこはかとない汗の香りが漂って。




「……ごくり」




 クリスティーナの喉が鳴った。慌てて口元を抑えるクリスティーナの視界に、呆れ切った顔を浮かべるルディの姿が浮かんだ。


「……今、なんで生唾飲んだの?」


「――っ! ち、違います!! こ、これは違うんです! そう! これはただの生理現象なんです!!」


「生唾飲み込む生理現象ってなにさ……」


 自分のせいでルディに迷惑を掛けた事も、それに負い目がある事も自覚している。自覚しているが、『それはそれ、これはこれ』なのだ。事実、ルディの汗の匂いは何よりも芳しい芳醇な香りとなってクリスティーナの鼻腔を擽ってしまったのである。ブレない女、それがクリスティーナなのだ。


「こ、これは! ルディが悪いんです!!」


「ええ~」


「だ、だってルディから、そ、そこはかとなく汗の香りがするから!!」


「まあ、あれだけ動き回れば多少は汗もかくけど……え? 臭い? 離れようか?」


 そう言って気持ちばかりクリスティーナから距離を開けようとするルディの腕を、『離してなるものか!』と言わんばかりの力でクリスティーナがむんずと掴む。


「な、なんで離れるんですか! 別に臭いなんて言ってません!! 芳醇! 芳醇な香りです!!」


「……汗の匂いで芳醇はちょっと」


 ルディ、ドン引きである。そんなルディに、尚も言葉を続けようとして――クリスティーナは口を閉じる。


「そ、その……ルディ?」


「うん?」


「わ、私は……く、臭くありませんか?」


 ルディが汗をかいている、という事は、同じくらいの運動量のクリスティーナもしかり。慌てて自身の腕や首元をスンスンと嗅ぎ出したクリスティーナに、ルディが苦笑を浮かべる。


「大丈夫。こういう事を言うとアレだけど……女の子特有の、いい匂いと言いましょうか……」


「……」


「……」


「……なんか、変態さんみたいです」


「……言うと思った。そりゃ、僕だってちょっとそう思ったけどさ?」


 苦笑を深くするルディ。そんなルディに、クリスティーナはクスリと笑って。




「それじゃ――もっと、嗅いでみますか?」




 一息、ぐいっと顔を近付かせる。驚いた様な表情を浮かべるルディと目と目が合った。もう少し、後ほんの少し近付けば、彼我の唇がゼロ距離になるであろう、そんな中で、クリスティーナは吐息と共に口を開いて。





 ――きゅー、と。





「……」


「……」


「……ええっと……お菓子ならあるけど、食べる?」


「……天罰なんですね? これはきっと、ルディを危険な目にあわせながらイケイケになってしまった私に対する、天罰なんですね……?」


 顔を真っ赤にして、自身のお腹を押さえて一気にルディから距離を取りつつ、それでももう一回お腹が鳴った日には合わせる顔が無いと思い、クリスティーナは小さくこくりと頷いた。生理現象、生理現象。


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