第二百十七話 王立学園の事情と、クリスティーナの天啓
うがーっと吠えるクリスティーナ。そんなクリスティーナに少しだけため息を吐きつつ、ルディは口を開く。
「……それはまあ、うん。でもね、クリス? 色々あるんだよ、これには」
この肝試し大会は学園の伝統である。過去に、婚約破棄した貴族同士がペアになって、男性側が『男』を見せた事で再度婚約、幸せな結婚を果たしたみたいな伝承が残る程度には伝統的な行事であり、入学間もない一年生が行うのも、クレアの様に辺境に住んでいた学生に、学園に慣れて貰うのプラス、素敵な男性を見つけて貰いたいという意図もある。学園は学び舎であると同時に、国を挙げての婚活会場だったりするのだ。トレ〇ン学園とは違うのだ、トレ〇ン学園とは。王立学園は婚活会場やで。
「なんですか、色々って!!」
「いや……ほら? 此処って主に貴族令息、令嬢が通うじゃない? あんまりガチで脅かし過ぎて、びっくりして転んで怪我したとかなったら……困るから」
ついっと視線を逸らしつつ、そういうルディ。そんなルディに、クリスティーナは急速湯沸し器並みのスピードで沸点を向かえる。
「なんですか、その過保護っぷり!? 仮にも貴族の子供として生まれた以上、誰からも尊敬される人間でなくてはいけないでしょう!? それを『びっくりした転んだ。責任取れ!』って、貴族の資質なしじゃないですか!?」
「……うん、まあ。それはその通りだと思うけど……皆、職もあることだからさ? 良い事とは思わないけど……」
王立学園の問題点の一つである。王立学園の教職に就く人間と言うのは、自身も王立学園を卒業した優秀な生徒がそのまま学園に残る、というパターンが多い。なので彼ら、学術的には優秀であるが……爵位自体は高くないし、中には平民の教師もいるのだ。
まあ、考えてみれば当たり前の話だ。高位貴族の長男は普通に爵位を継ぐし、次男、三男でも高位なら生きようはなんとでもなる。王立学園の教師陣は優秀であることは間違いないが、それは裏を返せば『学術を頑張る事でしか身を立てる事が出来なかった、貴族社会の味噌っかす』という意味合いも持つのである。自身の生まれた家よりも数段上の貴族令息、令嬢にはある程度遠慮もあるのだ。
「なんですか、それは!! それで真っ当な教育と云えますか!!」
「まあ、授業自体は質が高いよ。でも……こういう『イベント』は、また別じゃない? 教師陣としても、『こんな事』で学園の――じゃないか。高位貴族に睨まれるのはイヤなんだよ」
私、納得いってません! の表情を見せるクリスティーナに苦笑を一つ、ルディはクリスティーナの背中をそっと押す。
「……さ、クリス? そろそろ行こうよ? あんまり此処で喋ってたら、後ろの組に追いつかれちゃうしさ? 早く行って帰って、宿舎で寝よう? 明日も早いしさ?」
「……追いつかれる? そ、それはいけません! それでは早く――うううう!」
この時、クリスティーナは焦っていた。だって、折角のチャンスなのだ。ルディと二人きり、このチャンスを最大限に活かすしか無いのだ。だって云うのに、『きゃー、こわーい』と言ってルディに抱き着く、なんて定番の肝試しイベントの一つもしていないのである。腕に抱き着いている? そんなの、『かかってる』状態のクリスティーナには到底足りないのである。なんとか、この時間を少しだけでも引き伸ばしたい。後ろから追いつかれるのは困るし、かといってさっさと進んで前の組に追いついてもシャレにならない。悩むクリスティーナに。
「……っは! そうです、ルディ!!」
天啓が走る。嬉しそうにルディに視線を向けて――その表情が歪んだ。
「――なんですか、ルディ? そのイヤそうな顔は」
「いや……なんか『良い事思い付いた!』みたいな顔してたけど……なんか面倒くさそうな気がして」
「め、面倒くさそうとはなんですか!! 違います!! ルディ、早く帰って寝たいんですよね!」
「……まあ」
「だったら、近道をしましょう!!」
「……近道?」
「はい!! 近道です!! さっさと行って帰りましょう!! さあ、こちらが近道です」
そう言ってルディの手を引っ張って脇道に逸れようとするクリスティーナ。そんなクリスティーナに、ルディが慌てた様に声を出す。
「ちょ、クリス!? クリス、『王家の森』初めてでしょ!? なんで近道とか知っているの!? え? まさか事前に地図を見たとか!?」
そんなルディの言葉に、首を振ってクリスティーナは応える。
「――勿論! 女のカンです!!」
地図なんて見てもいないし、近道かどうかも分かんない。それでも、脇道に逸れて少しでもルディとの二人きりの時間を捻出しようとするクリスティーナだった。




