第二百十六話 欲望に忠実なクリスティーナ
エルマーとユリアが良い雰囲気を作り、エドガーとクレアがチベットスナギツネ顔を浮かべていた少し前のこと。
「怖いですね、ルディ……」
クリスティーナは神妙な顔を浮かべて――それでいて、少しだけ額に青筋を浮かべながら、ルディの腕に縋り付いていた。いきなり攻めすぎじゃないかと思われそうだが、なんせルディと二人きり、これ以上のシチュエーションは早々ない。普通なら狂喜乱舞するシチュエーションにも拘わらず、なんでクリスティーナの額に青筋が浮かんでいるかと言うと。
「……クリス、歩きにくくない?」
「え~? そんな事無いですよ~。それに……此処、こんなに暗いですし? ちょっと怖いって言うか~……だから、ルディにぴったりくっついているんですぅ~」
そう言って、ディアが持たざる胸部装甲をルディにぎゅむっと押し当てるクリスティーナ。ディアが見たらきっと、血管がキレるんじゃないかと言わんばかりに形を変えるそれに、少しだけルディも頬を赤くして、『いやいや』と思い直して言葉を続ける。
「……クリス、お化けとか怖いタイプじゃないよね? 前、言ってたじゃん」
「前? 何か言ってました、私?」
「『幽霊? 幽霊が居て、現世に恨みを持っているんだったら、私なんか真っ先に呪い殺されるんじゃないですかね? だって私の御先祖様は並み居る敵を打ち倒して王朝築いていますし、その後の統治でも反乱者は容赦なく粛清していますし? まあ、そんな骨の髄まで恨みまくっておかしくない、統治者の小娘が元気に生きているんだから、幽霊なんて迷信ですよ』って」
「……」
「……」
「……そんな昔の事、忘れましたね~」
「……昔って。ほんの数年前の事だよ、これ?」
ジト目を向けるルディに、クリスティーナは『うっ』と息を詰める。確かに、クリスティーナは幽霊なんぞは信じていない。クリスティーナの怖いものと言えば、大規模な自然災害と、農民による一揆、貴族による謀反の三つくらいだ。夜は小さいころから一人でトイレにも行けるし。
「……流石、ルディ。よく覚えていらっしゃいますね?」
「結構衝撃だったからね。流石、現実主義のクリスティーナだって思ったし」
ただ、壊滅的に可愛げは無いが。いや、別に『お化け? 余裕っす!』という女の子が魅力が無いとは言わない。言わないがしかし、やっぱりルディも男の子。自分に好意を寄せている女の子を颯爽と守ってあげたいという……まあ、小さなスケベゴコロは持っているのだ。いいじゃないか、学園生なんだし。
「……ルディのセリフの通り、別に私はお化けも幽霊も信じてはいません。いませんが……でも、『びっくり』はしますよ? っていうか、大丈夫なんですか、この肝試し」
「なにが?」
ルディの言葉に、クリスティーナは溜めて。
「だって私達、一遍も脅されてませんよ!?」
そう。
なんでクリスティーナの額に青筋が浮かんでいるかというと、これが原因だ。肝試しなのに、一向に脅されないことに腹を立てているのである。と言っても、別に『もっと純粋に肝試しを楽しみたい』なんて意見では当然なくて。
「肝試しってこう、もうちょっと色々あるもんでしょう!? これ、ただの散歩なんですけど!! 私だってしたかったのに! 『きゃー! ルディ、怖い!!』って!! 脅して下さいよ! そしてルディに抱き着かせて下さい!! 折角、胸を押し当ててるのにルディは何にも言ってくれないし!! 言って下さいよ!! 『胸、当たってるよ』って! そしたら私は『当てているのです』って言うのに!! なんですか! ルディは巨乳、嫌いなんですか!! クララみたいな虚乳が良いんですか!! むなしい、からっぱな胸部がお好みですかぁ!?」
「……色々言いたいことあるけど、なに言っても事故になるので黙秘権を行使します」
欲望に忠実なんです、クリスティーナさん。




