第二百十五話 それはきっと、独占欲
クレアの『ドMなんですか?』発言にドン引きするエルマー。そんなエルマーの、乗せられた手にユリアはそっと手を這わして。
「――そーなの、エルマー様?」
「……は?」
「だ、だから、クレアっちのいった通り、エルマー様に、そ、その……ど……そ、そういう趣味があるんなら……わ、私も……が、がんばる……ケド……」
此処が、辛うじて貴族令嬢であるクレアと、爵位こそ低いも国家に厳然たる貢献をしている完璧に貴族なユリアとの違いである。まあ、『ドM』って言わない、言えないのが淑女の尺度としてはどーなんだという意見もあるだろうが……まあ、大事だし、礼節って。
「……はっ! そ、そんな訳あるか!! 別に俺にそういう性癖はない!!」
顔を真っ赤に染めたまま、チラチラと上目遣いでエルマーを見やるユリアの視線に一瞬視線を奪われたも、『いやいや、言っている事、大概だぞ?』という事を思い出したエルマーはぶんぶんと頭を左右に振って邪念を吹き飛ばす。そんなエルマーに、じとーっとした目を向けた後、クレアは口を開いた。
「……でもエルマー先輩、言いましたよね? 『ユリア嬢になら洗脳されたい!!』って」
クレアの言葉に、エルマーは首を振る。
「言ってない」
横に。そんなエルマーに、クレアの視線がますます胡散臭いものを見つめる目に変わる。
「エルマー先輩、健忘症かなんかなんです? それとも研究のし過ぎでボケたんですか? さっき言ってたじゃないですか。『ユリア嬢に洗脳されたい』って」
「……クレアの肩を持つ……まあ、持つんだけど、僕もそう聞こえたんだけど?」
クレアの言葉に、エドガーも乗っかる。そんな二人に、エルマーは『はぁ』とため息を一つ。
「言葉は正確に使いたまえ、クレア、エドガー。俺は別にユリア嬢に洗脳されたい訳じゃない。ユリアに洗脳されても、まあ、それはそれで嬉しいと言っただけだ」
「ええっと……」
エルマーの言葉に、クレアは首を傾げて。
「……それ、なんか違うんですか?」
その通りである。そんなクレアの仕草に頷きかけ、エドガーが『ぽん』っと一つ手を打った。
「――っ! ああ! そうか!」
「え? なんかわかったんですか、エドガー君!」
「ああ! 分かったよ、エルマー。君の言いたいことが!」
嬉しそうに、エドガーはその顔いっぱいに笑みを浮かべて。
「――ユリア『嬢』じゃなくて、ユリアって言ったんだね!!」
「……いや、間違い探しじゃ無いんですから」
呆れた様なクレアの目。流石、普通王子である。
「クレア嬢の言う通りだ。そんな間違い探しの様な理由ではない」
「……じゃあ、何さ」
二人にアホの子をみられるような目で見られて、完全に不貞腐れるエドガー。そんなエドガーに、エルマーは苦笑を浮かべる。
「……まあ、仮にだぞ? ユリア嬢が――ユリアが、俺の所に女性からのお誘い……というか、まあ、声を掛けられるのを防いでいたのかも知れないが……だがな? よく考えてみてくれ。もし、仮に、だ。俺が女性から声を掛けられたとしてだな?」
それを上手く捌いている所、想像つくか? と。
「……そーですかね? なんかエルマー先輩、卒なくこなせそうなイメージはあるんですけど……」
「そんな事はない。まあ、クラウディア嬢やクリスティーナ殿下は幼馴染だからな。会えば話すのは話すが……全然関係が無い相手に話しかけたりは、まあ無理だ」
これは『コミュ障、陰キャ、根暗、オタク気質』という、人付き合いが得意な人間が少ない、或いは皆無な技術院がエルマーの子供の頃からの遊び場だった、というのも大きく起因していたりする。人間、幼少期の人格形成が環境に左右されるのは良く知られているし。
「そもそも俺、人付き合いは嫌いだし」
こういう事だ。無論、エルマーの資質的にも『うぇいうぇい系』は無理だったのである。
「でも、ユリアはそんな俺を手放したくないと思ってくれたんだろう?」
「そ、それはそう! 小さいころから私は、エルマー様一筋だし!!」
そう言うユリアの頭を、エルマーは軽く一撫で。
「……だから、洗脳されるのが嬉しい――というのは少しばかり語弊のある言葉だったな。『洗脳してまでも手元に置いておきたい』と」
誰にも渡したくないと思って貰えるのが、嬉しいんだ、と。
「――それが特に、こんな可愛い幼馴染から、な?」
そう言ってユリアにウインクして見せるエルマー。そんなエルマーに、ユリアは目をうるうるさせて。
「――えるまぁーさまぁ! すき! だいすき!! しゅきしゅきしゅきしゅき!! しゅきが止まらないんですけど!! しゅきしゅぎてしんどいんですけど!! ああ、うそうそ! ぜんぜーんしんどくない! むしろここちよい!! ここちよいよ、えるまぁーさまぁーーーー♡」
「……何を見せられてるんでしょう、私達」
「……さあ。なんだか馬鹿らしくなったね、クレア。放っておいて行く?」
「……そうしましょうか?」
エルマーの胸元に顔をぐりぐりと押し付け、見上げて『ぱぁー』と輝く笑顔。再び胸元イン、見上げた『ぱぁー』の無限ループを繰り返すユリアと、満更でも無さそうな顔をするエルマーを、クレアとエドガーの二人はチベットスナギツネの顔で見つめていた。




