第二百八話 本当は怖いユリア・バーデンーー違った、本当『に』だった。
完全に機嫌を直したユリアが鼻歌交じりで肝試しの会場となった森を歩く。いや、肝試しの会場を、鼻歌交じりで歩くってどうよ? という感じではあるのだが、それでも上機嫌のユリアから鼻歌が止まる気配はない。
「んで? 殿下はクレアっちのこと、どうやって落とすつもり?」
上機嫌過ぎて、ついついコイバナが飛び出す程度に。そんなユリアに、エドガーが大きくため息を吐いた。
「……あんまり肝試しでする様な話では無い気もしないでも無いですけど……」
「いいじゃん。さっきも言ったけど、エドワード殿下よりはエドガー殿下よりだし? 同じ部活の私が協力してあげるし」
マジで肝試しでする話ではない。ないがしかし、エドガー的にもチャンスはチャンスなのだ。
「……プレゼント、とかどうかなと思ったんですけど」
「お、いいじゃん、プレゼント。クレアっちだって女の子だし、綺麗なアクセとか好きなんじゃな――」
「『ひぃ!? こ、こんな高価なネックレス、貰えませんよ!? わ、私に贈り物して下さるって言うなら、ほら! あ、あそこのワゴンに入っているアクセサリーで良いですので!!』って言うんですよ……」
「――……うん。クレアっち、流石にそれは……っていうか、殿下、どんなお店に行ったのさ? なんでワゴンセールになっているアクセサリーなんてあるの?」
「それは僕も聞きたいですよ。なんでワゴンセールなんかやってたんでしょうね、あのお店」
ちなみにこのワゴンセールはゲームの『わく王』の中でも出てくる描写である。ネットで、『なんで中世ヨーロッパ風の世界なのにワゴンセールがあるんだよ!!』と大バズりした。勿論、悪い意味で。
「まあ、そこもクレアの良い所なのかも知れませんが……」
「気持ちは分からないでもないけど……」
奢り甲斐が無いのだ、クレア。お金が掛からなくて素晴らしいという見方も出来るが、よくよく考えて欲しい。王子様であるエドガーにとって、女性とは口説くものではない。女性とは、放っておいても向こうから声を掛けてくるものであり、何もしなくても機嫌を取ってくれる存在なのだ。要は、圧倒的に経験値が足りてないのである。まあ、クリスティーナやユリア、それにディアといった『濃い』面々に囲まれているのでそれでも他の高位貴族令息に比べれば幾分ましであるが、それでも恋愛感情なんて持ってない以上、そういう経験値はゼロに等しいのだ。
「……ユリア嬢から言って貰えません? エドガーのプレゼント、遠慮なく貰っておけって」
「無理無理~。だってクレアっち、ただでさえ『悪女』みたいな風評被害にあってるんだし? 此処でエドガー殿下のプレゼントなんて貰った日には……」
「……ですよね~」
『あら? やっぱりあのお方は……エドガー殿下に貢がせて。やっぱり悪女ですわ!』となる可能性もゼロでは無いのだ。まあ、クリスティーナとディアが寮内を絨毯爆撃しているので、その可能性は限りなく低くなってはいるのだが。
「でも、それに関しては殿下にも責任があると思うよ? あんだけ、『クレア、クレア』とクレアっち構ったらさ? そりゃ、そんな評判にもなるよ。もうちょっとジチョーすればいいのにさ、ジチョー。押してダメなら引いて見ろ、って言うでしょ?」
ずっと『押せ、押せ』だった人の口から出るとは思わない言葉に、エドガーも苦笑を浮かべる。お前、何言ってんだと思ったから、ではない。
「まあ、ユリア嬢の言っている事は分かりますけど……ほら、僕のライバル、エディですし?」
「……」
「完璧王子って呼ばれてるエディと、普通王子の僕じゃ、勝負にならないのは……まあ、分っているんですよね。だから……少しでも、クレアに印象付けしたいなって……」
エディにあんだけ、啖呵を切ったのだ。エドガーとてエディに負けるつもりは毛頭ない――と言いたい所だが、人の気持ちは分からないモノだし、『条件面』だけをみれば、エディの方が現時点では圧倒的に優良物件なのである。そら、たまには自信だって無くなる。
「……えーい」
落ち込んだ様に下を向いたエドガーを覗き込みように下から見て、ユリアは軽くデコピンをエドガーの額に叩き込む。びっくりした顔を見せるエドガーに、ユリアは小さく苦笑を浮かべて見せて。
「殿下、格好悪い」
「……分かってますよ」
「分かって無いし。いい、殿下? 女の子は、自分に自信がある男の子が好きだし。エルマー様、見てみなし? 何時だって自信満々だし? 女の子はね?」
そういう男の子に、ホレるし! と。
「そもそも殿下、優しいじゃん! 知ってるよ、私? 殿下が昔から皆の事を気遣って、ちょっと引いた立ち位置から見てた事」
「それは……ただ、ルディの真似をしただけで……それに、僕は……」
「すとっぷ。最初は誰かの真似でもいいし? それで、そこから自分自身のものに出来ればそれで問題ないし! 今のエドガー殿下、とっても優しいじゃん? だから、だいじょーぶ! きっとクレアっちも殿下の良さに気付くし!!」
そう言ってにっこりと笑うユリア。そんなユリアの言葉と笑顔に、エドガーは勇気付けられたように――そして、本当に嬉しそうに笑いかけて。
「……ユリア嬢? その、急にどうしたの? そんな怖い顔して」
笑いかけて、失敗。不意に訝し気に顔を顰めたユリアは。
「――どこかでエルマー様が、女の子を口説いている『気配』がするし」
その言葉を言い残すがはやいか、急にユリアは駆けだした。実に恐ろしきは、野生のカンである。




