第二百六話 いい雰囲気だと思った? 残念、これはわく王です。
「――っ!!」
そんなエルマーの言葉にときめき、なんだか泣きたくなってしまった事がとっても恥ずかしくなり、クレアは思わず顔を逸らす。それも数瞬、少しだけ照れたような表情で、それでも頬を膨らませてクレアはエルマーに向き直る。
「も、もう! 何を言っているんですか、エルマー先輩は!!」
「う、うぉ!?」
ポカポカとエルマーの胸を叩きながらそんな事を言うクレア。そんなクレアに少しばかり動揺しつつ、エルマーはクレアとの距離を一歩空ける。
「な、なんだ? 何を怒っているんだ、クレア嬢――く、クレア嬢!? な、なんだ? なんでそんな泣きそうな顔をしている!? な、何か私が君を傷つける様な事を言ってしまったのか!? あ、謝る! すまない、クレア嬢!?」
「そうじゃなくてぇ~」
ポカポカを止めて、少しだけ頬を赤くして。
「……さっき、言ったじゃないですか。ウチの領地では、笑い話で、御伽噺で――そして、英雄譚だって」
「あ、ああ」
「レークス領の子供たちは、皆この話を夜寝るときにお父さんやお母さんから教えて貰います。寝物語として、領民は、『馬鹿だけど、私たちの為に此処までしてくれた領主』として教えて貰います」
「……ああ」
「そして私達レークス家の人間は、『馬鹿だけど、誰よりも民を愛したご先祖様』として教えて貰います。どんなに惨めでも、どんなに格好悪くても、どんなにみっともなくても、民を守る為なら、下げるべき時には下げる頭を持っていろ、と、それがレークス家の人間としての『覚悟』だと、教えて貰うんです」
一息。
「――それはきっと、貴族として正しい事では無いのかも知れません。エルマー様の仰る通り、誇りに生き、誇りに死ぬ貴族としては、王家を脅して金をせしめたとか、土下座覚悟で領民を守るなんて、きっと真っ当な話では無いんでしょう」
エルマーの目を、じっと見つめて。
「だから――そんな、ちょっとおかしいご先祖様を認めて貰えて、心に刻んでくれるほどにこの英雄譚を認めて貰えるのは」
本当に、本当に――嬉しい、と。
「……私の大好きなレークス家を、そうやって認めて貰えたら……そんなの、嬉しいに決まってるじゃないですか。そりゃ、泣きそうにもなりますよ」
「そ、そうか。その……な、泣かそうと思って言った訳じゃないんだ。純粋に、感動して、貴族としてあるべき姿だと思ったから言ったまでで……」
困った様なエルマーの言葉に、再びクレアの胸が高鳴る。
「……もう。なんですか、エルマー先輩? 私の事、口説こうとしてます?」
「く、口説く!?」
「……だって、私の大好きなレークス家をそこまで褒めて貰っているんですよ? そんなの、私の事も大好きって言っているみたいなもんじゃないですか」
「そ、それは流石に拡大解釈じゃないか!?」
「ふふふ。ですよね? でもね、エルマー先輩? 女の子って、複雑だけど単純でもあるんですよ? 自分の大事なものを褒めて貰って、認めてくれる男の人には」
――『きゅん』ってするんですよ、と。
「……あーあ。エルマー先輩に口説かれちゃった~。うわ、ユリア先輩というものがありながら……浮気者ですね~、エルマー先輩?」
「ち、違う!! 別に口説いている訳では!!」
「え? それじゃご先祖様のことも嘘ですか?」
「嘘じゃない!! 嘘じゃないが、そう言う意味ではなく!!」
くすくすと笑いながらクレアはエルマーを揶揄う。勿論、クレアだって本当にエルマーに口説かれていると思っている訳ではない。思っている訳では無いが。
「……あー、たのし」
こんなに軽口を言えることは、入学からこっち、無かったのだ。楽しいに決まっているし、嬉しいに決まってる。残念ながら、エルマーにはユリアが居る以上、これ以上の進展は無いのは分かっているが……それでも人としてやっぱりエルマーは尊敬できるし、大好きな先輩だと再確認して、クレアは笑顔を浮かべて。
「……………………へ~。エルマー様、クレアっちを口説いてたんだ~。ユリアという最愛の幼馴染がいながら――浮気者deathね~!!!???」
「「うぎゃぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!?????」」
エルマーの肩にポンと手を置いて、まるで地獄の底から響くような声を上げるユリアに、エルマーとクレアの絶叫が森の中に響いた。ある意味、肝を試せたかもしれない。




