第二百五話 心に刻む、英雄の詩
「あ、あはは~、すみません。なに熱く語ってんだ! って話ですよね~。あー、恥ずかしい、恥ずかしい」
そこまで喋って、『はっ』と何かに気付いた様に慌ててそんな事を言いながらへらへらとした照れ笑いを浮かべながら、両手でパタパタと自分の顔を扇ぐクレア。
「い、いや~。流石にちょっと恥ずかしいですよ~。エルマー先輩、今の話、忘れてくれれば幸いで――」
「なぜだ?」
「――貰って……へ?」
きょとんとするクレアに、エルマーは微笑を浮かべる。そんなエルマーの笑顔に、クレアは慌てた様に口を開く。
「い、いや! だ、だってアレですよ? 今の、私の御先祖様スゲーっていう、じ、自慢話ですよ!?」
「そうだな」
「いえ、せ、正確には自慢話でもないですし!! よく考えれば何やってんだって話でもありますし!!」
「まあ、それもそうだな。よくよく考えれば変な話だし――」
一息。
「……いや、よくよく考える必要なく、思いっきり変な話だがな? だって今の話、クレア嬢の御先祖様が自分の領地を人質に王家から金をせしめたって話だろう? 少なくとも一般的な貴族の話じゃないからな」
確かに。
「……まあ、確かに一般的な貴族の話では無いかも知れないですけどね。さっきも言いましたけど、笑い話にもなっていますし……」
「それが笑い話になるのは結構なロックな領地だとは思うが……だがまあ、ある意味では納得したな」
「納得?」
「なんというか……クレア嬢は色々と『違うな』とは思っていたんだ」
「……褒めてますか、それ?」
「ああ、勿論だ。まあ、クレア嬢としてはあまり良い気分はしないかと思うが……他の貴族令嬢とはいい意味で違う。そこが魅力的だから、エドガーやエディはクレア嬢に惹かれたのだろうと、そう思っていたのだが……」
そう言って、エルマーは少しだけ遠い目をして。
「……今の話を聞いて、こう……なんだろう? ちょっと納得が行ったと言うか……」
少しだけ言い淀み。
「…………なんと言うか、『血は争えないな』と。規格外の一族なのか、レークス家は?」
「凄く否定したいけど、なんか絶妙に否定できない……!」
エルマーの言葉に崩れ落ちるクレア。そんなクレアにエルマーは微笑を浮かべながら言葉を継ぐ。
「だが本当に感動したんだ、クレア嬢。レークス家のその、民を思う心は純粋に美しいと、そう思う。今後、貴族の当主として家を継ぐ身として、クレア嬢の御先祖様には敬意を表す」
「……本当ですか?」
「なぜ疑う?」
「……さっきの話を聞いたらこれもネタなのかと……」
「失敬な」
そんなクレアに、エルマーは微笑を苦笑に変える。
「昔、ルディが言ったことがある」
「ルディ様が?」
「『エルマーには才能があると思う。でも、エルマーだけじゃない。皆違った才能があって、その才能の多寡だけで人間の価値は決まるものじゃ無い。爵位もそうだよ? 貴族だけが偉い訳じゃない。平民にだって凄い人はいっぱいいる』」
「……」
「『国を作っているのは貴族じゃない。ああ、ごめん。貴族『だけ』じゃない。王族も貴族も平民も、皆でこの国を作っているんだ』とな」
「……そんなことを」
「……貴族制度がある国だ。生まれに貴賤は無いが……残念ながら、上下はある。貴族が為政階級にある以上、これはこの国では覆ることはない」
「……はい」
「だが、だからこそ、貴族とは本来民の為に生きる義務がある。ルディの言葉を借りるのであれば、『凄い平民』が世に出やすくする環境作りもそうだろう」
「……そう、ですね」
「そして……ルディには悪いが、私はルディほどロマンチストではない。人類すべてに才能があるとは思っていない。いや、才能はあるかも知れんし、もしかしたら私の理解が及ばない領域での才能かも知れん。知れんが、それは国家を、領地を『運営』する上では取るに足らない才能だ。私たち、為政者が欲する才能ではないのは確かで、絶対だ。だが、彼らもまた『国民』であり、『領民』なのだ。ならば、彼ら、彼女らの生活を守る義務が、貴族にはあると思う。他ならぬ、為政階級として生まれた――『上』の立場である以上は、な」
「……」
「……そう言う意味で、君の御先祖様が行ったその施策――というのか? まあ、作戦は一見貴族のやることではなく……また、ある意味で最も貴族のやるべき最高の義務だと、そうも思うんだ」
自身の領地を、自身の領民を救うため、そのすべてを投げうって王家の庇護に頼る。名誉を重んじる貴族としては失格かも知れない。だが、領地を統べる貴族としては、もしかしたらこの行為は正解かも知れないから。
「――だから、君の御先祖様に敬意を表すさ。俺が同じ境遇になった時、それが出来るかどうかはともかく……」
その『英雄譚』は、心に刻ませて貰う、と。
優しい目でそんな事を言うエルマーに、クレアの胸が『とくん』と一つ、高鳴った。




