第二百四話 後ろ向きで、格好悪くて、でもとっても格好いい英雄譚
「ま、資金援助と言っても王家からの借金の形にはなっているんですけどね? しかも最初に借りた時から少しずつは減っているんです。隔代なのも、この『領地返すから! 援助して作戦』でもう一度同額を借りなおしているだけなので……実際に実入りがある訳じゃないですけど」
「……なるほどな。隔代なのも返済期日が来てからのリファイナンス、という事か」
「まあ実際、最初に『領地を返す』って言った当主の時は丁度飢饉とか色々重なって……そもそも、領地を返すって言うのも訳が分からないじゃないですか? 私達諸侯貴族は、王家の臣下ではありますけど、王家から領地を貰った訳ではありません」
「まあな」
繰り言になるが、ラージナル王国の政治体制は江戸、幕藩体制化の政治形態に近い。『譜代』である宮廷貴族はラージナル王家の累代の家臣であり、宮廷貴族の領地とは王家の領地からの移譲された領地に過ぎない。対して、『外様』である諸侯貴族の領地とはそれとは違い、元々先祖伝来の自身の土地なのだ。現在の領地は『安堵』して貰ってこそいるものの、本来王家の物では無い、竈の灰までおらがもの、のオーナー経営なのだ。その独立性は一定の範囲内という注釈は付くも担保されており、この辺りの絶妙なややこしさが、ラージナル王国の中央集権化を阻み、現在のエディとディアの問題の遠因にもなっているのだが、詳細は本筋では無いので省く。
「だから、当時の領主も王家に領地を返還……じゃなくて、譲渡する代わりに、王家の庇護の下での領地の再建を願い出たのが本当の所っぽいんですよね。まあ、王家にはけんもほろろに断られて、借金出来たってのが本音の所でしょう」
クレアの推察は概ね正解である。舞台裏を明かせば、当時の王家としてもさして経営資源も、地下資源も、観光資源もある訳ではない、魅力も何もない貧乏領地であるレークス領だ。再建にお金もかかるし、放っておいて治安が悪化して貰っても困る。かといって領地の譲渡を受け入れたとしても、根っからの『レークス民』であり、『王国民』とは自分たちの事を認識していない民意の土地を治めるのだ。トップの首を挿げ替えるよりは、信頼されているトップをそのまま据えて、金だけ渡した方が結果的に安上がりだった、という話である。
「まあ、確かに諸侯貴族の土地を宮廷貴族の人間が治めるのは難しいからな。そう言う意味では得策と言えば得策だろうな」
「ですです。まあ、正直ラッキーだったとも思いますよ? そんなことしたら本当に領地返還――没収ですね。没収される可能性もゼロじゃなかったですから」
「だろうな。偏に……ええっと……その、なんというか……」
「田舎過ぎて魅力が無かった?」
「……言葉を濁したのだがな」
少しだけ気まずそうにそう言うエルマーに、クレアはおかしそうに笑う。
「いいですよ、別に。私自身もド田舎って何度も言っていますし」
「……自分で言うのと人に言われるのは違うだろう?」
「まあ、そうですけど……でもね、エルマー先輩? 私、思うんです。確かにレークス領が土地を王家に没収されなかったのは運が良かったのと、領地が田舎だったからかもしれません。でも、それ以上に」
御先祖様が、本当に領民の幸せを願っていたから。
「自分の御先祖様を褒めるのもアレですけど……もし、もしですよ? 飢饉だった当時、領民の生活を願わず重税を課すように領主だったら、きっと領地をやる! みたいな啖呵を王家に切って無いと思いますし……そんな領主なら、きっと王家は領地を没収してたと思うんですよ。王国の官僚の方が、ご先祖様よりも上手く統治が出来るなら、その方が良いでしょうし」
「……だろうな。そんな領主なら、きっと保身に走っただろう。そして、そんな領主よりは王城の優秀な官僚を代官として派遣した方が良いだろう」
エルマーの言葉に頷いて。
「……ウチの領地ではこの話は笑い話で、御伽噺で――そして、英雄譚でもあるんです。自らの地位の保身を思わず、領民の為にその地位も財産も投げうって、王家に庇護を求めた。自分の地位じゃなく、ただただ、領民の幸せのために。強大な敵を打ち倒すでも、大災害からその身を持って領地を守ったわけでもなく、ただ、王家に頭を下げただけという――泥臭く、みっともなく、情けなく」
そんな、後ろ向きで、格好悪くて――でもとっても『格好いい英雄譚』。
「……私は、そのレークス家の跡取り娘であることを誇りに思っています。民と共に、民とある事を願うレークス家は、私の誇りです」
そう言って、少しだけ照れくさそうに笑うクレアの笑顔は、とても、とても綺麗だった。




