第二百三話 返す返す詐欺
「……まあ、エルマー先輩がそれで良いんだったら良いんですけど……でも、どうするんです? 肉多的接触も無理でしょうし、妥協案でこの方法しか無いんじゃないかと思うんですけど? このままだったらエルマー先輩、一生前に進めませんよ?」
エルマーの、『ユリアに格好いいって言われたい』発言にドン引きしていたクレアが立ち直り、そんな言葉をエルマーにかける。そんなエルマーは、胸をどんっと一つ叩き。
「安心してくれ。暗がりではあるも、だいぶ目も慣れて来たしな」
「そーですか? 素人考えは森では危険だってじっちゃも言ってましたけど……」
「誰だ、その『じっちゃ』とは。祖父君の事か?」
「じっちゃはレークス家で働いてくれている庭師さんです。昔は山で狩人やってた人らしいので、良く山や森の歩き方を教えて貰ったんですよ。遭難した時に備えて、少しの食料と水で三日三晩生き抜く訓練としてくれてました!」
「……貴族令嬢のすることでは無いと思うが」
「そうですか? ウチの家なんて、本当に領地も小っちゃいですし、それに山とか森ばっかりなんですよ。だから、獣害なんかあったら領主が率先して山狩りする必要があったりしますからね。ある程度、サバイバルの知識は必要だったりするんです」
正に、アウトドア――というより、サバイバルの英才教育である。クレアがガキ大将達と毎日夜遅くまで野山を駆け回っていたのは、勿論それくらいしか遊びが無かったのもあるが、これも一つの領地の教育方針でもあったのだ。まあ、貴族令嬢がすることか、という説もあるが。
「普通はそういう時は傭兵やら猟師やら雇い入れるものでは無いのか? そうじゃなくても村人の自警団とか……ともかく、領主自らが動くのか、それ?」
「……ついでに、人手もお金も無かったんですよ」
人手も足りないし、お金もない。必然的にレークス家は手弁当で済ます必要があり、領主とて若く健康的であるのであれば、それは勿論大事な戦力なのだ。
「だからだと思うんですけど、ウチの領地って皆仲、良いんですよ。まあ、お父様も男爵位を持つ貴族っていうより、村長みたいな感じですしね」
そういった副産物として、レークス領は伝統的に領主と領民の仲が良い。有史以来、一揆や反乱の類も起こって無いのだ。まあ、そりゃそうだろう。獣害があれば領主が率先して山狩りに入るし、飢饉があれば一緒に飢えるのである。人気にならない方がおかしいとも言える。
「……なるほどな。それがレークス家の領地の運営方針か」
「そんないいもんじゃないですけど……お父様だって『楽が出来るならその方が良い』って言ってましたし。完全に義務感だけじゃないでしょうけど……言ってましたよ? 『これなら一村人の方が楽だ。爵位、返上しようかな?』って」
「……冗談でも言うものではないぞ、そんなこと」
クレアの言葉に、エルマーの顔が引き攣る。流石に、そんな事を言ったらお家の取り潰しすらあり得るだろう。そんなエルマーに、クレアは『ないない』とばかりに手を左右に振って見せる。
「それは大丈夫ですよ」
「なに?」
「私の……何代前ですかね? まあ、その時の御先祖様が言ったらしいんですよ。『こんな貧乏領地、いらん! 王家にやる!!』って」
「……クレア嬢のご実家、諸侯貴族だよな?」
諸侯貴族は宮廷貴族と違い、自身の領地にそのルーツがある。言ってみればそこは自身の先祖代々の土地であり、子々孫々に残すべき『大事な財産』なのだ。そんな土地を、冗談でも『いらん!』なんて普通は言えない。そんなエルマーの言葉に、クレアは再びカラカラと笑って見せて。
「当時の陛下、言ったらしいですよ? 『レークス領は誰も欲しがらないし、レークス家が上手く治めているんだから、そんな事言うな!』って。それでもしつこく言ってたら、『分かった、分かった! ちょっとお金やるから、それで頑張って治めてくれ!』って……王家から幾らか資金援助、あったらしいですよ?」
「……何も言えないのだが」
そんなエルマーに、クレアは苦笑を浮かべて見せて。
「……それに味をしめたのか、隔代くらいでやっているんですよ、ウチの家。この」
『領地返還作戦』と。
「……したたか過ぎないか、レークス家」
返す返す詐欺である。




