第二百二話 エルマーもまた、男の子
エルマーの言葉に、きょとんとした顔をして見せるクレア。『こいつ、何言ってんだ?』なその表情に、エルマーがはぁと小さくため息を一つ。
「……普通、逆だろう? ちょんっと服の袖を掴んで歩くのは、本来女性のすることじゃないか? それを……流石に俺がクレア嬢の服の袖を掴んで歩いていたら」
絵面が酷い事になる。
「……」
「……なんだ?」
「いえ……エルマー先輩、そういう事気にするんです? いえ、私もラージナルっ子ですし、エルマー先輩の言っている意味は分かりますよ? そうですよね、普通、こういう時は男性が前に出て女性がその服の端とか袖を摘まんで前後で歩く、っていうのが定番ですよね? 男性は少し照れながら斜め上見つめて、女性は恥ずかしそうに斜め下を見つめるのが定番で鉄板ですよね?」
「映像の解像度が凄い」
「私も好きですから、恋愛の本」
「そうか。まあ、俺も一応貴族令息だしな。ある程度の知識はある」
特にエルマーは王都生まれの王都育ち、ちゃきちゃきの王都っ子なのである。他国からは『あの国の文化はなんかおかしい』と言われているラージナル文化の、その最先端を行く都市で生まれ育ったエルマーは、普通以上の教養はあるのだ。
「いえ、エルマー先輩が博識だな~っていうのは分かるんですよ? じゃないと発明とか開発とか実験とか出来ないでしょうし……この間のアクセサリー見せて貰った感じ、ああいう素養もあるんだろうから、演劇とか小説方面でも素養があってもおかしくは無いと思っているんですけど……」
そう言って、クレアは視線をエルマーにじっと固定して。
「――エルマー先輩、常識が通じないじゃないですか?」
「急に刺すな、君は!?」
酷い事を言っていた。
「どういう意味だ!? 確かに俺は人と比べれば変わってはいるかも知れんが……それでも常識はある方だと思うぞ!! 流石に非常識扱いは心外なんだが!!」
エルマーの言葉に、クレアきょとん。やがてその意味を理解したのか、顔を青褪めさせて両手をわちゃわちゃと振って見せる。
「ち、違います!! す、すみません、言い方が滅茶苦茶悪かったです!! 常識が通じないって言うのは、別に非常識とか常識知らずとか、そう言う意味じゃなくて……こ、こう、規格外!! 規格外の方の、常識が通じないです!! 常人じゃ測れないとか、そういう『いい意味』! いい意味での、『常識が通じない』です!!」
「……常識が通じないに、いい意味もへったくれも無いと思うが……まあ、言わんとしている事は理解した。馬鹿にしたわけではない、と?」
「も、勿論です!! その、さっきの話に戻りますけど!! なんていうか、エルマー先輩って『男性が女性を守る? ふん、適材適所で守れば良かろう』くらいの事を言いそうって言うか……そういう、なんて言うんでしょう? 一般的な『常識論』とか馬鹿にして……は言い方悪いですが、あまり捕らわれていないっていうか……」
自信の無さからか、次第に小さくなっていくクレアの声。その声に『ふむ』と頷き、エルマーは口を開く。
「……まあ、確かにな。俺自身、別に男性だから女性を守るべきだとか、女性は家庭を守り、男性が外で稼ぐなどといった……所謂『男性』『女性』の意識はそこまで高くはない。要は適材適所、家事が万端な夫がおり、仕事が抜群に出来る妻がいるのであれば、無理に夫が働きに出て、妻が家を守る必要はない、とは思っている」
まあ、世間がそれを認めるかどうかは別だが、と付け加えて。
「そういう意味ではクレア嬢の言う通り、俺があまりコテコテの男性像、女性像にこだわるのはおかしいだろう。さっきの話であれば、クレア嬢が夜目が利き、俺の夜目が利かないのであれば、クレア嬢が先導するのが筋だろう」
「でしょ? だったら――」
「……と、俺も思っていたんだが……」
「――そうした……え?」
言い掛けてクレアが押し黙る。そんなクレアに、少しばかり情け無さそうに。
「その……ユリア嬢が、な?」
「はい?」
「『やっぱり私、エルマー様に守って貰うの、憧れるし~。別に無理にとは言わないケド、やっぱり男性が頼りがいがあるのって、憧れるぅ~』と……言うんだ」
「…………うわぁ」
完全に砂を噛んだ表情で、クレアの口から無感情の響きが出た。コイツ、好きな子に格好いいって言って貰いたい為に無理しようとしています!!




