第百九十七話 彼の信用する貴方を、私は信用する
絶望に染まった顔でそういうエカテリーナに、アインツは苦笑を浮かべて見せる。
「クーデターの話ではないさ。ただ、ルディの王位継承を推進しようか、という話が出ているだけだ。俺やクラウディア、クリスもだし……クラウスも、な?」
「……クラウスも、ですか?」
「ああ。ちなみに、エディ――エドワード殿下も勿論承知の話だ。そもそもエディも王位はルディが継いだ方が良いと言う認識だったしな。まあ、それはともかく。そもそもだな?」
そう言って少しだけ申し訳無さそうに、アインツが目を伏せて。
「……クラウディアの『あれ』を知っている以上、エカテリーナ嬢に選択肢は無いと言うか……」
「…………酷い巻き込まれ事故だ……」
ずーんと背中に陰を背負いこむエカテリーナに、アインツは慌てた様に言葉を継ぐ。
「だ、だがな、エカテリーナ嬢! さっきも言ったが、クラウスも賛成しているんだ!! エカテリーナ嬢がクラウスの側に居ようと思う以上、どちらにしても何時かは知る事実だし、決してクラウディアのせいだけではない!! まあ……流石に少しばかり憐憫の情が沸かないと言うと嘘にはなるんだが……」
それもこれも、エカテリーナが無駄に聡いからというのがまた報われない。死んだ魚の様な目で、エカテリーナはアインツを見つめる。
「……じゃあ、私に『おねがい』をする必要、なくないですか? 良いも悪いも無いんですよね? 私、もう半強制的にこのクーデターの仲間にされているんですよね?」
「クーデターではないと言っただろう。それにまあ、流石に何の説明も無しに協力をして貰おうとは思っていないし……まあ、確かにエカテリーナ嬢のいった通り、半強制的ではあっても、何も理由を知らないのもイヤだろうと思ってな」
大事な幼馴染の良い人だし、と心の中で付け加えるアインツ。そんなアインツをじーっとジト目で見た後、エカテリーナはため息を吐いた。
「はぁ。分かりました。そもそもアインツ様は善意でお話をして下さるんですものね? アインツ様を恨むのも筋違いでしょう」
そこまで喋り、エカテリーナは人差し指を顎の下に置いて、うーんと中空を見つめて見せる。それも数瞬、視線をアインツに戻す。
「……ルドルフ殿下が王位に……済みません、私はデビュタント前の小娘です。伯爵令嬢と云えど、そこまで『政治』に詳しい訳ではありません。ありませんがしかし……」
王位継承は、王太子はエドワード殿下だったのでは? と。
「その話は少しばかり語弊がある。正確にエディが王位継承者に定められていた訳ではない。まあ、第一候補ではあったがな。ルディだって別に、王位への道が絶たれていた訳じゃないさ」
「……」
「俺たちはルディに王位を継いで欲しいと思っている。エディが駄目だ、という訳じゃない。訳じゃないが、かつての神童たるルディが、今のままで在野に紛れるのはラージナルという王国にとって損失だと思っているからな」
「……少しばかり言い難いのですが……」
「構わない……と、私が言えた義理では無いか? 聞かなかった事にしよう」
アインツの返答に、少しだけ諮詢した後、エカテリーナは意を決した様に口を開き。
「神童も、二十歳を過ぎればただの人、という言葉もありますよ? 今現在、『平凡王子』と呼ばれているルドルフ殿下が、本当に王としての『素質』があるとお考えですか、アインツ様?」
そんなエカテリーナの発言に、アインツが目を丸くする。
「……驚いたな。そこまではっきり言うとは。聞かなかった事にすると言ったが……」
そう言ってニヤリと笑って見せて。
「――私の言葉をそこまで信じて良いのか?」
少しだけ意地悪そうにそう聞くアインツ。そんなアインツに、エカテリーナは首を傾げて。
「え? だってアインツ様、クラウスの幼馴染で、親友なんですよね?」
何でもない様に。
「私、クラウスの人を見る目、信じているんです。それに、クラウスのお話に出て来たアインツ様なら、私を謀る様な事はしないと思いますし……え? するんですか?」
「……いや。しない」
「ですよね! 正直、私はアインツ様とは初対面ですし、アインツ様の事を何も知りません。でも、アインツ様がクラウスの幼馴染で親友なら」
華の咲くような笑みで。
「私が信用するクラウスが信用する、アインツ様の事、信用していますから!!」
まるで、幼子が全幅の信頼を親に向ける様な、無邪気な笑顔。その笑顔に、アインツも邪気を抜かれた様な呆けた顔で。
「え? マジでクラウス、妬ましいんだけど。爆発すれば? 俺、エルマー殿にボンベ借りてこようか?」
おもっくそ、邪心に塗れた呪詛の言葉を吐き出していた。流石に今のやさぐれたアインツには、このエカテリーナは眩しすぎたのだ。




