第百九十五話 やさぐれ令嬢、エカテリーナ!
クラウディアとエミリアが再びバトルゲームを始めた頃、少しばかり――というより、がっつりと疲れ切った表情を浮かべながら肩を落とすエカテリーナ。そんなエカテリーナに、アインツは苦笑を浮かべながら話かけた。
「お疲れのようだな、エカテリーナ嬢」
「あ……アインツ様。ご機嫌よう」
流石淑女、疲れ切った中でも顔に笑顔を浮かべて綺麗なカテーシーを決めて見せる。こういう所見習うべきだぞ、クラウディア、なんて思いながらアインツは右手をひらひらと振って見せる。
「そんなに堅苦しい挨拶は不要だ。既に知っているかと思うが、クラウスの幼馴染でエディやルディ――エドワード殿下やルドルフ殿下の学友を務めているアインツ・ハインヒマンだ」
胸に手を当てて優雅にお辞儀をして見せるアインツ。こちらも貴族令息らしい堂のいった仕草に、エカテリーナの頬が少しだけ緩む。
「存じあげております。私はエカテリーナ・ロブロスです。同じくクラウスの幼馴染で、ロブロス家の長女になります。アインツ様の事はクラウスよりよく聞いておりますので……失礼ながら、初対面とは思えません」
「そうか。それならこれから、仲良くしていければ幸いだ」
「はい。それで、その……アインツ様? 不躾な質問で申し訳ないのですが……そ、その……く、クラウスは私のこと、なんて言ってたのかな~って……クラウスの話に出てくるアインツ様は、『アインツ、めっちゃ勉強できるんだよな~。流石、次期宰相だぜ! アイツが宰相になったらこの国も安泰だな!』とか、そんな話ばっかりで……わ、私の事はどう伝えているのかな~って」
頬を染めてそんな事を言うエカテリーナに、アインツの顔に苦笑が浮かぶ。
「すまない、エカテリーナ嬢。私はクラウスの口から貴方の事を聞いた事が無かった」
「……え? そ、そうなんですか? は、ははは……そ、そうですか。クラウス、私の事、皆様に喋って無かったんですか……しょ、紹介するのが恥ずかしい幼馴染と思われていたのかな、私……」
言外にショックを受けるエカテリーナ。そんなエカテリーナに、アインツは苦笑の色を強くして口を開く。
「いや、そんな事は無いと思うぞ?」
「そ、そうですか!? で、でも……」
「今日のクラウス、今までで見た事の無い顔を浮かべていたからな。エカテリーナ嬢を慈しんでいる表情だったさ。そうだな、きっとクラウスはエカテリーナ嬢を手中の玉として大事にし、誰にも見せたくなかったに違いないさ。だから、幼馴染で親友であるハズの俺になんの報告も無かったんだろう」
全く、友達甲斐の無い奴だと、少しだけ悪戯っ子の笑みを浮かべてそう言うアインツに、エカテリーナは頬を染めて笑顔を向けて。
「そ、そうですかね……え、えへへ……」
エカテリーナの、照れたような、それでいて本当に嬉しそうなその声音にアインツも相好を崩して。
「――本当に、妬ましい」
つい、本音が漏れた。
「……え? ね、妬ましい? 今、妬ましいと仰られました、アインツ様?」
「勘違いだろう、エカテリーナ嬢。妬ましいなどとは言ってない。『寝たらしい』といっただけだ」
「ね、寝た? だ、誰が……?」
「まあ、その話はイイではないか。それより、これからよろしくお願いしたい。貴方とは『仲良く』やっていけたらと思っているからな」
「え? ええっと……は、はい。それはその……こちらこそ、よろしくお願いします……?」
きょとん顔を浮かべたまま、それでも頭を下げるエカテリーナ。そんなエカテリーナに、アインツは口を開いた。
「それで……なんだ? 聞いたのか?」
「聞いたとは?」
「その……アレだ。クラウディアと……ルディの、その……」
そこまで喋り、言い難そうに『あー』とか『うー』とか言ってるアインツに、エカテリーナも気付く。そんなエカテリーナの顔には疲れと、『なんで私がこんな目に……』と言わんばかりの表情がアリアリと浮かんでおり、思わずアインツの顔も引き攣った。
「……ええ、聞きました」
「……だろうな。その顔を見る限り、不本意なようだが……」
少しだけ気遣う様なアインツの問い。そんな問いに、エカテリーナはどこか晴れ晴れしい顔を浮かべて。
「――いきなり国家機密に等しい情報を聞かされて、『うわ! やった!! 私も国家機密知っちゃった!!』ってなると思いますか? クリス様は税金みたいなものって仰いましたけど、私、重税背負う必要なくないですか!?」
「……あ、はい。その通りです」
ハイライトの消えた目でそういうエカテリーナに、思わずアインツの背筋に寒いものが走る。これはアレだ。完全にやさぐれている感じの目だ。




