第百九十四話 加速する勘違い
にこにこと――顔は笑っているが目が笑ってない笑顔に、ディアがガチギレしている事に気付くエディ。これはアレだ。ディアが『エドワード殿下? 何度言えば分かるんですか? それとも『手』が必要ですかね? 人間なら、言葉で理解していただけますか? 獣では無いでしょう?』なんて言いながら、自身が一番獣じゃないかと言わんばかりに拳を握りこんでいた時のディアの顔だ。エディは詳しいんだ。慣れているから。
「あ、兄上! あれは不味い! あのクラウディアは不味いです!!」
「あー……まあ、そうだね。ディア、めっちゃ怒ってるよね、アレ」
慌てるエディに、ルディはなんでも無いようにそう言って見せる。言ってみれば呑気なルディのその態度に、エディは慌てた様に言葉を継ぐ。
「なにを流暢な事を言っているのですか、兄上!? クラウディアが怒ってるんですよ!?」
「仕方ないでしょ? まあ、エミリア嬢が色々考えてくれているのは分かったけど……それでも、嫁入り前の淑女にいう事じゃないもん。そりゃ、ディアが怒るのは当然だよ。僕だってあんまいい気分しなかったもん」
「そ、それはそうかも知れませんが……」
ルディ的にもディアは大事な幼馴染である。そんな幼馴染を、政争の道具として――具体的には何の非もないディアに『罪』を押し付けて、王家の危機を乗り切ろうとする考えがルディには気に入らなかったのだ。まあ、全部エディのせいではあるが。
「だからまあ、ちょっと怒られるのは良いんじゃない? エミリア嬢にとってもイイ薬だよ、きっと。流石にディアも『家』を持ち出してまでは来ないでしょう? それぐらいは――」
「血が舞いますよ、兄上!? 良いんですか、幼馴染と身内から加害者と被害者を出して!?」
「――……何言ってるのさ、エディ? 血が舞うって……そんな訳、無いでしょ?」
エディの言葉に、呆れた様にルディが突っ込みを入れる。んなワケねーだろうと言うルディの視線を受け、エディが言葉を継ごうとして。
「あら、エドワード殿下? ルディに何を言おうとしているのですか?」
そんなエディの肩に、ディアがゆっくりと右手を置く。握力五十九のディアの右手が火を噴き、エディの右肩が『ミシミシ』と音を立てた。
「い、いた――」
「殿下?」
「――い、いや~。な、何でもないよ、クラウディア」
『痛い』と叫びそうになった自身の声を意思の力で押しとどめて、エディは無理矢理に笑顔を作って見せる。そんなエディに、『お前、余計な事喋ったら滅すぞ?』と視線だけで圧を加えて、ディアは笑顔をエミリアに向ける。
「それで? なんでしたか、エミリア様? 私におかしな『癖』があると、そう仰っていましたか?」
笑顔を向けられたエミリア、並みの令嬢なら――それこそ、学園寮でディアとクリスティーナに蹂躙された令嬢たちなら、そのまま顔面蒼白になる展開ではあるが、エミリアは腐って――『腐っ』てはない、変態ではあるが……ともかく、公爵令嬢ではあるのだ。ディアの視線を受け、エミリアはにこやかに笑って見せる。
「あら? クラウディア様? お久しぶりですね。それと、盗み聞きは少々はしたないのではないですか?」
「人の陰口の方が充分、ハシタナイと思いますが?」
ニコニコと笑いながら、それでもバチバチと睨み合う二人。なんだか凍りそうな視線の応酬にエディが慌てた様に口を挟んだ。
「そ、その、なんだ? 二人とも、此処で喧嘩は良くな――」
「不義理者は黙っていてください。よくもまあ、口が出せますね、エドワード殿下。そもそも、誰のせいでこんな事になっているか分かっているのですか、貴方?」
「そうです。女の敵の癖に」
「――はい」
後、撃沈。肩を落とすエディのそれをポンっと叩き、今度はルディが口を挟む。
「まあ、エディの事はともかく……エミリア嬢もディアもちょっと落ち着こう?」
「……ルディがそう言うのならば。あ! る、ルディ!? わ、私は別にその……へ、変な性癖とかは……」
「分かってる。それに関してはエミリア嬢にちょっと怒ってるくらいだし」
ジト目を向けるルディに、エミリアは肩を竦めて見せる。
「……まあ、ルドルフ殿下がそう仰るのならこの話は止めておきましょう。怒られるのも本意ではありませんしね」
大変申し訳ございませんでした、とエミリアはディアに頭を下げる。そんなエミリアの姿に、ディアも少しだけ肩の力を抜き、口を開いた。
「……分かって頂ければ結構です。ともかく――」
「ああ! クララちゃん、此処に居たんですか!!」
ディアが口を開いた瞬間、空気の読めない女ことクレアの声が響く。その声を聞いて、ディアの表情がぱーっと明るくなった。
「クレアちゃん! どうしました? 私を探していたのですか?」
「はい! 肝試しまでもうちょっと時間があるし、クララちゃんとお話出来ないかな~って思って!! ご迷惑でしたか?」
「あー、もう! ご迷惑なワケ無いじゃないですか!! 可愛いですね、クレアちゃんは!!」
頬をだるんだるんにさせてイイ笑顔を浮かべるディア。そんなディアを目ん玉飛び出るんじゃないかとばかりに大きく見開いて見つめていたエミリアが。
「……ルドルフ殿下」
「なに?」
「あのお方はクレア・レークス様ですよね? エドワード殿下に公衆の面前でプロポーズされた。クラウディア様の恋敵の」
「そうだよ……と、言いたい所だけど……恋敵かどうかはちょっと微妙というか……まあ、仲良しだしね、二人」
「……仲良し……」
ルディの言葉に視線を二人から切り、中空に飛ばすエミリア。それも数瞬、何かに閃いた様に、エミリアの顔がぱーっと明るくなって。
「そうですか! クラウディア様はアレですね? 『寝取らせ』が癖ということなのですね!!」
勘違いを、盛大に加速させていた。




