第百八十六話 そこに、確かにあった『憧憬』
「それにしても……アインツもお嫁さんが欲しいのか~」
なんとなく哀愁を感じるアインツにルディがそう、声を掛ける。そんなルディに、アインツは少しばかり気まずそうに視線を逸らした。
「いや……お嫁さんというか……もうちょっとこう、仲の良い女友達の一人でもいればな、とは思っている。流石に出会いが無さすぎてな」
「……まあ、そう言われればそうかも知れないけど」
貴族に取っての一番の仕事は『血を残す』である。『そんな事はない! 領地経営をして領民を幸せにすることが一番だろうが!』という反論もあろうが、貴族は名と誇りを後世に残すことを第一義に考えるモノなのだ。
「……俺の周り、碌な女性が居ないだろう?」
そう言って視線をディアに。
「サディスト」
次はクリスに。
「腹黒」
「「――ちょ!!」」
ディアとクリスティーナからの反論の声が上がるも、視線をルディに固定したままのアインツ。そんなアインツの視線に、ルディも顔を引き攣らせながらなんとか声を出す。
「……それ、僕に同意を求められても困るんですけど」
「まあ、それを除いても王妃候補と隣国の王女様だぞ? これ以上の発展は無いだろう?」
「……まあ」
ディアに関しては自国の王太子――ではなくなったが、それでもルディの王妃候補になる可能性はまだあるのだ。そんな人間に横恋慕は出来ないし。
「……クリスに関しては家格的にギリギリではあろうが……イヤだろう、クリスも?」
「当然です! 男性として、アインツが魅力的じゃないとは言いませんが……それでも、ルディには数段劣りますので!!」
ルディの腕にぎゅっとつかまりそう宣うクリスに、アインツも苦笑を浮かべる。男性としてのプライドをいたく傷つけられそうな発言であろうが、幼いころから『ルディ大好き!』を地で行くクリスティーナを見ているアインツだ。今更の話である。
「……ちなみにユリア先輩とかクレアは?」
「正気で聞いているのか、ルディ?」
「……ごめん」
真顔でそう聞き返すアインツに、ルディも小さく頭を下げる。ユリアは『アレ』だし……まあ、クレアも『アレ』だ。
「ユリア嬢はもう、あれ、エルマー殿に一途だろう? というか、一途過ぎてちょっと引く。クレア嬢はクレア嬢で、懸想した日にはエディとエドガーにぶっ飛ばされそうだしな」
そう言って小さくため息。
「……最近、俺らの周りは……女性関係、忙しいだろう?」
「……まあ」
「正直、ちょっと憧れもある。クリスもそうだが……ユリア嬢もエルマー殿に思いを伝えた。エディもエドガーも、クレア嬢にお熱だ。そう言った……なんだ、『若者らしい恋愛』というものに少しばかりの憧れもあるんだ」
「……社交界はダメなの? デビュタントもあるしさ? アインツなら、引く手数多じゃないの? これ、さっきも言ったかもだけど……」
「無論、ダメではない。ダメでは無いが……なんだろうな?」
そう言って、苦笑。
「やはり、『そういう』場所で出逢う人間は『アインツ』を見ていないだろう? 俺の後ろにある、『ハインヒマン』の家も見ての出逢いだ」
「……否定はしないけど」
「やはりそれは少しだけ寂しいからな。クリス? もしルディが王籍から離脱したとしたら、ルディを愛することを止めるか?」
「まさか。むしろ好都合です。そのままスモロアに連れ帰り、スモロアで二人仲良く湖畔の家とかで暮らします。子供は二人、一姫二太郎で、大型犬の『なすび』とかを飼って幸せにくら――」
「ストップ。もういい、クリスの明るい家族計画は。あと、犬のなすびってなんだ」
混ざったのだ。
「ともかくまあ……クリスも、勿論ユリア嬢も……それに、エディもエドガーもだな。彼ら、彼女らは相手の肩書なんて気にしていないだろう? そういう関係性に……まあ、なんだ。少しばかり憧れる」
『ルディが王位に継がなくちゃお嫁さんになれない』ディアなので、そういう意味では地位に固執しているディアの複雑そうな表情に、アインツが苦笑を浮かべる。
「まあ、特殊な事情の人間も居るだろうがな。ともかく……まあ、なんだ。無いものねだりだ」
苦笑の色を強くするアインツ。そんなアインツに何か声を掛けようとして、そのまま口を噤むルディ。
「そんな顔をするな。まあ、俺やクラウスは仕方ないさ。今度のデビュタントでは、二人で壁の花に徹するかな? ほれ、先程ルディが言ったように、社交界で出逢えるかもしれないからな。ハインヒマン家ではなく――」
アインツ・ハインヒマンを見てくれる『女の子』が、と。
「……きっと見つかるよ」
「そうだな。そうであれと強く願うとしよう。まあ、詰まらん話だったな。それでは――」
「ああ、居た居た! おーい、ルディ、アインツ~」
不意に聞こえて来た聞きなれた声。その声に、ルディとアインツがその声の主に視線を向けて。
「「――――は?」」
そこに居たクラウスと――そして、その隣で少しだけ緊張した面持ちの女の子に、ルディとアインツの目が点になる。
「もうペアは見つかったのか? それじゃ――どうした、お前ら? そんな鳩が豆鉄砲喰らったみたいな顔して?」
ルディとアインツの表情にいぶかし気な表情を浮かべるクラウス。そんなクラウスに、ぷるぷると震える指でアインツはクラウスの隣の女の子――エカテリーナを指差し。
「……く、クラウス? そのご令嬢は?」
「ん? ああ、初対面か? この令嬢はエカテリーナ。ロブロス伯爵家の令嬢で」
にっこりと笑って。
「――俺の幼馴染だ! 今度、デビュタントでエスコートすることになったから、紹介も兼ねて連れて来た!!」
「――このうらぎりものがぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!??」
にこやかなクラウスの笑顔に、アインツの絶叫が林間学校に響き渡った。




