第百八十四話 わんこクリスティーナ
クリスティーナの笑顔を見ながら、ルディも頬を緩ませる。そんなルディに尚も笑顔を浮かべたまま、首を左右に振って見せる。
「……なんか犬っぽいね、クリス」
尻尾があればきっと左右にパタパタ振っているだろう程の上機嫌なクリスティーナに、ついと言った感じでルディが零す。そんなルディの言葉に、きょとんとした顔を浮かべる。
「犬っぽいですかね、私?」
「女性にこんな事言うのもアレかもだけど……猫っぽいか犬っぽいかって話、ない?」
「ああ、そう言われればそうですね。なるほど、私はどちらかというと犬よりかも知れませんね。ルディに忠実ですし、甘えん坊です」
「忠実って」
苦笑を浮かべるルディ。そんなルディに、嫋やかな笑みを浮かべて、クリスティーナは自身の着ているシャツの首元に手を入れて、中から何かを取り出す。
「……ほら、これも言ってみれば首輪みたいなものですし?」
取り出したのはネックレス。ルディに貰ったそれを愛おしそうに一撫で。そのまま上目遣いで。
「わん♪」
「……勘弁してよ」
「あら? 言いましたよね、私? ネックレスは『束縛』の象徴です。私は、ルディに――『飼い主』に束縛されたい、わんこです。どうですか、ルディ? 貴方の事が大好きな、貴方のモノになりたい、わんこです。そんなわんこ」
可愛く、ないですかぁ、と。
悪戯っ子の笑顔でそう言って見せるクリスティーナ。可愛らしくもありながら、どこか妖艶なその態度に、思わず視線を逸らすと。
「――何をしているのかしら、ルディ?」
その視線の先で、『うわぁ』という顔をして見せるディアと目が合った。
「……へ?」
「……別にルディの性癖がどんなものでも文句を言うつもりも、軽蔑することもありません。ええ、そんな事で引くことはありません。ありませんが……」
そう言って、少しだけ気まずそうに視線を逸らして。
「わ、わんこプレイは……流石に少しばかり、は、ハードルが……」
「違うって!!」
とんでもない誤解が生まれていた。慌ててクリスティーナの頭から手を離し、ルディはディアに詰め寄る。
「違うよ、ディア!? 僕は別にわ、わんこ……そ、その……と、ともかく! そんな癖は無いから!!」
「い、良いんですよ!? ルディがそういう癖だとしても、文句を言う筋合いはないですものね!」
「い、いや、だから!」
「……何をやっているんだ、お前らは」
「アインツ! よかった、アインツが――アインツ? どうしたのさ、君」
混乱するルディ――と、ディアの元に呆れた様な表情を浮かべたアインツがやってきてため息を一つ。この場を収拾してくれそうな人物の登場に、ルディが歓喜の声を上げかけて止める。なんか先ほどよりも疲れ切った表情を浮かべるアインツにルディが首を傾げると、ディアがアインツをジト目で睨みつけて、憎々し気に口を開く。
「……アインツは女の敵なんですよ」
「はい? 女の敵? アインツが?」
どちらかと言えば紳士寄りのアインツ。そんなアインツが女の敵なんて物騒な呼ばれ方をするとは到底思えず、首を捻るルディにディアは声を大にして。
「アインツは……そ、その……む、胸の大きい女性が大好きらしいですので!」
「やめろ、クラウディア! それは語弊を呼ぶ悪意のある言い方だ!!」
アインツの声が飛ぶ。まあ、間違ってはいないが。そんなアインツに、ルディはジト目を向けて。
「……何言ってんのさ、アインツ?」
「ち、違う! 別に私は女性の胸部にのみついて言及したわけではない! ただ、話の流れでな!!」
「話の流れで女性の胸の話になったりするの? っていうか、どんな話の流れかは知らないけど、普通そんな話の流れにはならなくない?」
じとーっとした目を向けるルディに、アインツも『うぐぅ』と言葉に詰まった。が、それも数瞬、アインツは口を開く。
「そ、そんな事を言うがルディ! お前はどうなんだ!! 胸の大きな女性と小さな女性、どっちが好きなんだ!」
「……とんでもない事聞くね、アインツ。何言ってんのさ、こんな所で」
まあ、男性同士で猥談自体は別に責められることではない。『お前、どんな子好きなんだよ~』の延長線上にあるっちゃある。男子学園生として間違ったことでは無いと言えば無いのだが。
「……どう答えても事故じゃん」
胸を張ってこちらを見るクリスティーナと、懇願するような表情を浮かべるディアを前に、ルディは小さくため息を吐いた。




