第百八十三話 それが、とっても幸せ
エミリアが盛大な勘違いを拗らせている頃、クリスティーナは打って変わって超ご機嫌だった。なんせ愛しのルディとペアで肝試しなのだ。これでテンション上がらない方がどうかしてるぜ! 状態な訳である。
「ふふふ……ルディ~♪」
「……クリス。その、ちょっと離れてくれると……」
「だめでーす。今日は私、ルディの事放しませーん」
そう言ってルディの腕に『ぎゅ!』と抱き着き、肩の辺りに自身側頭部をまるで猫の様に擦り付けるクリス。そんなクリスの姿に、ルディは苦笑を浮かべつつ――それでも、若干居心地悪そうに身を捩る。
「いや、その……クリス? 言い難いんだけど、その……じゃ、若干僕の腕に、その……む、胸が……」
ルディの言葉に、クリスティーナはルディの耳元に唇を寄せて。
「――当てているんです。ルディに意識、して貰うために」
上目遣いに潤んだ瞳。そんな瞳のまま、クリスティーナは『ちゅ』というリップ音を残してルディの耳元から唇を離す。そんな妖艶なクリスティーナに、ルディの心臓もドキドキと大きく音を立てて。
「どーですか! クララには出来ませんよ、こんな芸当!!」
「――それ、絶対にディアの前で言っちゃダメだからね!!」
一気に熱が冷めた。そんなの、ディアの前で言った日には戦争一直線だ。勿論、その辺はクリスティーナも心得たもの、したり顔で頷いて。
「勿論です。私も命は惜しい」
「出来れば僕の前でも言って欲しくないな~、それ」
なんか顔に出ちゃいそうで怖いのである、ルディも。そんなルディにくすりと笑んで見せ、クリスティーナは組んでいた腕を解く。
「……まあ、女性の側からあまり迫るのははしたないと言いますし、今日の所はこれくらいにしておきましょう」
そう言ってルディの隣に並びなおし、ニコニコの笑顔を浮かべて見せるクリスティーナ。まるでこの世の望むもの全てを手にしたかの様なそんなクリスティーナの笑顔に、ルディの顔にも苦笑の色が浮かぶ。
「……楽しそうだね、クリス」
「それはもう! 林間学校に来て良かったと心から思っていますよ、私!!」
「そんなに僕とのペアを喜んで貰えると光栄かな?」
おどけた様な仕草でそう言って見せるルディ。そんなルディに曖昧な笑顔を浮かべてクリスティーナは頷く。
「……あれ? そんなに喜ばしくなかったりする? 僕、調子に乗った感じ」
だとしたらあまりにも痛い行動である。『お前、俺とペアで嬉しいんだろ?』『え? そうでもないけど』なんて言われた日にはルディも自信を喪失するだろう。心持、傷付いた表情を浮かべるルディに、慌てた様にクリスティーナは両手をわちゃわちゃと振って見せる。
「ち、違います! ルディと一緒のペアに成れたことは本当に嬉しいです!! もう、なんでしょう? テンバーン神に感謝する所存ですよ!!」
「……なに? テンバーン神って」
「クレアちゃんの信じる宗教の神様らしいです。机の天板に宿る神様だとか……」
「なんか局地的な神様過ぎない? 御利益は?」
「……さあ? 宗教と政治とスポーツのファンのチームの話はするなというのがスモロアの教えですし……まあ、どんな宗教を信じようがクレアちゃんの自由ですのでそれは構いません。ともかく、私はそれほどにルディとペアに成れたことは嬉しいと思っています」
思っていますが、と。
「……その、仮にルディとペアに成れず、お兄様とペアだったとしても……それでも、楽しく過ごせると思うのですよ」
「仲良しだもんね、二人」
「ええ。それは否定しません。否定しませんが……」
それ以上に。
「お兄様と二人で肝試しにいった……その、『感想を言い合える』というのが嬉しいのです」
「……クリス」
「お兄様、ああ見えて怖がりですしね? 『ルディ、お兄様ったらちょっと木が揺れただけで大騒ぎして』と私が言えば、お兄様が慌てて『ちょ、クリス!』って言って、そんなお兄様を見てルディが『ああ、エドガーは怖がりだもんね』と言いながら、クララはきっと、呆れた顔で『情けないですね、エドガー』と言っていると思うんです」
胸の前で手を組んで。
「……そんな、『日常』が過ごせる事が、本当に私は嬉しい。この国に留学できて、ルディやクララ、アインツやクラウスや……まあ、エディも、皆と……幼馴染と暮らせるのが、本当に嬉しいのです」
他の幼馴染達とクリス、エドガーの大きな違いは過ごして来た時間の長さだ。他国の王族として、『ラージナルの民』ではない彼女は、言ってみればどこか疎外感を覚えながら生きて来たのである。
「それが、どうですか! この学園に来て、新しいお友達まで出来ちゃいました!! こんなの、楽しくない訳が無いんです! だから、この肝試しも――る、ルディ!?」
楽しそうに、嬉しそうにそう喋るクリスティーナの姿に、ルディの胸の奥から愛しさが溢れて。
「――いっぱい、楽しもうね? クリス」
知らず知らず、ルディはクリスティーナの頭を撫でる。最初こそ、びっくりした様な顔を浮かべた後、クリスティーナは嬉しそうに頬を緩めて。
「――はい! いっぱい、楽しみます!!」
一番の笑顔で、そう言った。




