第百八十二話 なんか盛大に勘違いしだしたぞ、この子
「……へ? あ……え?」
エミリアの言葉に、エディの目、点になる。その反応から、エミリアは少しだけむっとした顔を浮かべて見せる。
「だ、だから! エドワード殿下は私と結婚する気があるかどうかを聞いているのです!」
そう言って頬を赤く染めるエミリアの姿に、エディの頬も赤く染まる。まるで熱にうなされたかのよう、エディはエミリアを見つめて――それがなんだか気恥ずかしくて、エディはエミリアから視線を逸らしながら。
「あ、あの……そ、その、なんだ? エミリア嬢は……私の事を……こ、好ましいと思ってくれているのか……?」
まるで囁くようなそんなエディの声に、エミリアは。
「――は? 寝言は寝て言って貰えますか? 私が殿下を慕っている? そんな訳、あるはず無いじゃないですか」
「……へ?」
冷たい言葉を向ける。その言葉に、エディは逸らしていた視線を慌ててエミリアに向けると、そこにあったのは完全に軽蔑しきったエミリアの表情だった。
「――殿下? 先ほどの話を聞いていましたか? 貴方のしたことは淑女に対する冒涜ですよ? だって、それはそうでしょう? 自らの婚約者を公衆の面前で婚約破棄をした上に、その日初めてあった女性に愛を囁く……え? 考え得る限り、最低の――クズ男です」
「……はい」
ですよね~。
「そんな貴方に好意を抱くことなど、ある訳が無いじゃないですか。だからこれは単純に『政治』の話です。まあ、正直私だってこんな話をしたくありませんが……仕方ないでしょう」
そう言ってため息を吐くエミリア。エディだって分かっている。分かっているのだ。自身の評判――主に女性関係に関しては地に落ちている事くらい、聡明なエディには分かっていて、分かっている筈なのだが。
「……さっきの頬を赤らめていたの、何だったんだよ」
まあ、こういう事である。エディ的にはアレ、告白一歩前の雰囲気だったじゃん! なにそのトラップ!? という感じなのである。
「アレは怒りです。怒りで、つい顔に血が集まってきました」
「怒りの赤なの、アレ!?」
「はい。大丈夫、今は上り切って頭に血が集まっています。キレそうです、血管」
「全然大丈夫じゃないんだが!!」
「まあ、それは冗談ですが……ともかく、どうですか、殿下? 私と結婚する気はあるのですか、無いのですか?」
ジトッとした目でこちらを見やるエミリアに、エディもうぐぅっと言葉に詰まる。が、それも一瞬、疲れたようにため息を吐きだす。
「……望む、望まないと言う話ではない。それが『仕事』なら……粛々とこなすまでだ」
「え? なに、このクズ男。貴方のせいで私、望まぬ結婚させられそうになっているのに、なんでちょっと上から目線なんですか? なんか、物凄く腹が立つんですけど?」
「……うん、まあ、その通りなんだけどね? 流石にエミリア嬢、あたりが強すぎないか?」
「強くもなるでしょう!? 良いですか、殿下!? 貴方がクラウディア様と粛々と結婚してくれれば、私はこんな事で悩む必要、無かったんですよ!? 裏でこっそりクレア嬢とよろしくやってくれればそれでよかったのに、貴方があんな正気とは思えない方法であんな行動を起こしたせいで!! 返して!! 私の幸せな結婚生活、返してくださいまし!!」
エミリア、荒ぶる。言っている事があんまりにも尤も過ぎて、エディもこれには頑張って頷く以外の方法がない。
「お、落ち着いてくれ、エミリア嬢!」
「ふぅ……ふぅ……ふー……ともかく。現実的な問題としてクラウディア様の『後釜』に座る諸侯貴族はいません。そうなるともう、エドワード殿下の結婚相手は家格から見ても私ぐらいしかいないんですよ、不本意な事に!!」
これが他の宮廷貴族で……となると、若干不味い。家格の釣り合いもあるが、宮廷貴族内のパワーバランスが大きく崩れる可能性があるからだ。
「諸侯貴族の皆様はあまり良い顔をされるとは思えませんが、それでも面と向かって我が家に刃向かってくるようなお家は……まあ、無いでしょう。宮廷貴族的にもどこかの貴族が力を持ちすぎるよりは、我が家が『本家』と繋がりを深めた方が、心情的には穏やかです」
これがエミリアとなってくると話は別だ。エミリアの実家は元々王家の連枝であり、家格に対して権力的なモノはあまり多くはない。領地も小さいし、パワーバランスが大きく崩れる事はあまり無いのだ。本家に出戻った様なものである。
「政治的配慮を考えれば、私が殿下と結婚するのがベターでしょう。まあ、頑張ってクラウディア様とヨリを戻せば一番良いかもしれませんが……してみます、殿下? クラウディア様も鬼では無いでしょうし、殿下が誠心誠意謝れば、許して下さるかも知れませんよ?」
いいえ。クラウディアは鬼です。
「……というより、そもそもなぜ殿下はクラウディア様との婚約破棄をされたのですか? 王城で見かけた時も、仲睦まじい様子だったじゃないですか?」
擬態が完璧なだけです。
「勿論、恋愛に関しては一概に言えないでしょうが……ですが、婚約破棄するほどの欠点がクラウディア様にあるとは思えません。恋は熱病と申しますが……その様な短絡的な事を殿下がするとは到底信じられないのですよ」
いいえ。短絡的ではありません。熟慮の末と、永年の積み重なったものが噴き出した産物です。
「……まあ、少しな」
かといってそれを全部いう訳には行かず、エディは曖昧に苦笑を浮かべて見せる。そんなエディをじっとエミリアは見つめ――その顔に、疑念の色が浮かぶ。
「まさか……」
「……なんだ?」
「――もしや、殿下? なにかクラウディア様に関しての『よくない』事をご存じなのですか? だから……あんな目立つ場面で、敢えて婚約の破棄を……?」
「……へ?」
なんか勘違いし始めたぞ、この子。




