第百八十話 エディ、タコ殴り
期せずして国家機密を知った事を知らず、クラウスと一緒のペアという事でエカテリーナがニヤニヤしている時、エカテリーナと一緒くらいに危機的状況に陥っている人が居た。
「え、ええっと……エミリア嬢?」
「………………なんでしょうか、エドワード殿下?」
エディである。まるでブリザードの様な視線を向けてくるエミリアに、エディの冷や汗が止まらない。
「……ええっと……」
「……はい」
「……」
「……」
「……」
「……な、なんでも無いです」
エディの肝試しのペアとして選ばれたベルツ公爵家令嬢、エミリア・ベルツの無言の『圧』に、エディ沈黙。そんなエディを冷めた目で見つめ、エミリアは『はぁ』とため息を吐く。
「……殿下」
「……はい」
「殿下はこの学園の……そうですね、ルールをご存じですよね? 学園に通う以上は同じ学園生。身分の上下はないと……そこはご理解いただいていますよね? つまり、私と殿下は『学園生』である以上は対等であり、私が喋る事は不敬に当たらないと……そういう認識で宜しいでしょうか?」
「あ、ああ! それは勿論! 学園に居る間は平等だ! エミリア嬢も勿論、私には忌憚のない意見を――」
「まあ、ご存じですよね? それをご存じだから、『平等』だから、クレア・レークス男爵令嬢に愛の告白などをしたくらいですしね? 仮にも王子様が、貴族最下位の男爵令嬢に。だって、平等だからぁ!」
「――……すみません」
エミリアの言葉に小さくなるエディ。穴があったら入りたい。
「……別にクレア様が悪いとは言いませんし、男爵令嬢が一概にダメとも言いません。正直、色々現実的では無いとは思いますが……それはともかく! 良いですか、殿下? クラウディア様と殿下の婚儀は国家の慶事ですよ? 諸侯貴族と宮廷貴族の間の懸け橋となる婚儀だったのですよ? それを……」
完全に軽蔑した様な目で見て。
「――何を考えているのですか、貴方は!!」
「……言葉も御座いません」
もう完全に降参の姿勢のエディ。幾ら平等とはいえ、流石にこの言葉は不敬にも当たる。当たるがしかし、エミリアがこれだけエディに強気に出られるのには勿論理由がある。
「……お父様、頭を抱えていますよ? 分かっていますか、殿下?」
エミリアの家、ベルツ公爵家は二代前の国王の王弟によって設立された、比較的『若い』貴族になる。それはつまり、エミリアの父は現国王の従兄弟であり、エミリア自身はエディやルディの又従姉妹ということになるのであり、何が言いたいかというと。
「……ルドルフ殿下が居るにも関わらず、下心丸出しの宮廷貴族が私の女王即位をと声を上げているそうですよ?」
エディが駄目、ルディも駄目となると、実際問題国王家と最も『血』が近いのはエミリアになるのである。正確にはエミリアの父が、であるが、現国王であるアベルと同年代である以上、次期国王の候補の一人にエミリアも上ってしまっているのである。
「そ、そんな事はない! わ、私はともかく、兄上が――」
先ほど以上の、ぞっとするほどの冷たい視線。その視線に晒され、エディの息が詰まる。そんなエディに、はぁとため息を吐いて。
「――古今東西、王族の『暗殺』なんて枚挙に暇が無いのですよ、エドワード殿下? 貴方がそれを知らない訳、無いですよね?」
「……」
「……私も今の貴族がそこまで短絡的だと思ってはいませんし、その可能性は低いと思っています。それに……言葉は悪いですが、そんなの『いまさら』の可能性の話です。私の王位を――というより、私に取り入っての利権、ですね。それを狙う貴族なら貴方もルドルフ殿下も二人とも暗殺して、私を王位に就けますし……もっと言えば、私自身にだって暗殺の危険はあります」
なんと言っても、王位継承権第四位だ。宮廷貴族である以上、諸侯貴族程の領地は無いが、それでも家の『格』的にはクラウディアなど目じゃない程のピカピカのお姫様なのだ、エミリアは。
「それは王族に連なる公爵家に生まれたものとして、王位継承権を持つものの宿命として受け入れています。ええ、受け入れていますよ、受け入れていますが」
ギンっと音が付く程の視線を向けて。
「――それが、ポンコツ王子の痴情の縺れのせいで現実味が増すとかイヤすぎるんですが!!」
「……ハイ。ホントウニ、モウシワケアリマセン」
ふぅふぅと肩で息をするエミリアに、黙って頭を下げるという選択肢しか、エディに残された選択は無かった。




