第百七十九話 迷探偵エカテリーナ!
『なんでよー! クラウスはイヤなの!!』と言い募るエカテリーナを何とか宥めすかし、ようやっと機嫌が直ったエカテリーナが、視線をクラウスに向けた。
「でも……本当にエドワード殿下、どうしちゃったの? クラウディア様とお二人で一緒にいる姿、本当に絵になっていたのに……」
どうしても、でてくる話題は入学式の『アレ』だ。特にクラウスはある意味では『関係者』でもあるし……エカテリーナも健康的な学園女子だ。よそ様の恋愛事情には、人並みに興味があったりする。
「……あ、もしかして国家機密?」
「あー……まあ、そっちは……微妙なラインかもな。そもそも、エディが心変わりしたのなんて学園どころか国中の貴族が知ってるだろ? 機密でも公然の方、だな」
「まあ……そっか」
エディの婚約破棄とディアがフラれたのは別に国家機密でもなんでもない。そもそも、公衆の面前での『アレ』だし。問題は、その婚約破棄にディアが狂喜乱舞しているのが機密な事だ。
「そんなに絵になってたのか?」
そんなクラウスの言葉に、エカテリーナは力いっぱい頷いて見せる。その曇りなき眼を見て、『ああ、自分の眼じゃ絶対に見えない景色だな』と悟るクラウス。
「うん! 美男美女のカップルで、本当にお似合いだったから……憧れてる人もいたって学園に来てから聞いたよ?」
「……擬態完璧じゃん、クラウディア」
「うん? なんか言った?」
「いいや、なんにも。まあ、色々あるからな、男女の恋愛なんて。エディだって……まあ、そういう気分だったんだろう」
エディの気持ちに立てば、積年の積もりに積もった恨みの発露であるが、そこのところはクラウスが喋ることはない。
「あー……まあ、そういうものなの、かな? クレア様も可愛らしいお顔してらしたし……殿下の一目惚れっていう話は本当なのか……」
「……まあ、一目惚れは一目惚れだろうな。若干、やり過ぎ感は――」
そこまで喋り、気付く。
「……あれ? お前、何にも思わないの?」
「? 何が?」
クラウスとて貴族令息である。まあ、若干脳筋寄りではあるが、一応周りが『クレアにどういう反応をしているか』くらいは分かる程度の観察眼はある。というか、それだからこそクレアの側をウロウロしているのではある。クレア本人、超迷惑しているが。
「いや……なんつうか……クレア嬢に向ける目っていうか……思う所とか、ねーのか?」
普通の貴族令嬢のクレアに向ける視線は厳しい。まあ、美男美女のお似合いのカップルの間に挟まった形なのだ、クレアは。あんまりいい顔をされないのも――クレアのせいでは百パーセント無いが、ある程度は仕方ない。
「クレア様に? いや、別に思う所は無いけど? ああ、凄い綺麗な肌してる! とかは思うけど……」
「そういうのじゃなくて……こう、なんていうか……」
略奪愛、とか言ってしまえば早いが、それは流石に躊躇する。そんなクラウスの意を汲んだエカテリーナが口を開いた。
「……だってクレア様、完全に殿下に……言い方悪いけど、『目を付けられた』形でしょ? そりゃ、エドワード殿下とクラウディア様を応援……というか、観賞用かな? 観賞用にしていた人からしてみたら面白くはないかも知れないけど……わたしはそこの所はあんまり、かな? クラウディア様とそこまで関りがある訳じゃない、っていうのはあるけど……」
「……」
「まあ、クラウディア様が可哀想とはちょっと思うよ? 思うけど……」
そう言って視線を中空に飛ばして。
「――なんて言うか……最近のクラウディア様、生き生きしている気がするんだよね? いや、わたしも数回しか逢った事ないから、分かんないけど……」
「……鋭い」
エカテリーナの言葉に、クラウスがたらりと冷や汗を流す。そんなクラウスに気付くことなく、エカテリーナは言葉を続ける。
「なんか食堂でクラウディア様とクリスティーナ殿下、それにクレア様の三人で会ってたって話も聞いたし……後は、ルドルフ殿下と楽しそうに喋っているっていう目撃談とかもあるからさ? エドワード殿下に本当にフラれてショックを受けているんだったら、流石にルドルフ殿下とも楽しそうにお喋りとかしないんじゃないかな~とは思うんだよね」
「……」
「っていうか、なんかむしろルドルフ殿下と仲が良い気がするんだよね、クラウディア様。こないだ食堂で一緒に食事している所見たけど……ルドルフ殿下のほっぺに付いていたソース、とってあげてたんだ、クラウディア様。なんていうか……ルドルフ殿下とクラウディア様の方がお似合いって感じもして……」
そこまで喋り、エカテリーナは視線をクラウスに向けて。
「――もしかしたらクラウディア様、本当はルドルフ殿下の事の方が好きなのかな~って思うくらいには仲、良さそうだったよ? 実はあの二人、こっそり愛し合ってたりするの? クラウスなら知っているんじゃない?」
「…………お前、探偵かなんかなの?」
少ない情報で、真実に辿り着いたエカテリーナ。そして彼女、この時点で国家機密を知ってしまった事にもなり……まあ、肝試し中にしっかり言い含めておこうとクラウスは誓うのであった。なんせ、下手な事言ったらディアの実家に消されかねないのだ、物理的に。




