第百七十八話 そのままの君で居て
「……なあ。本当に大丈夫なのか? アレだったら肝試し、休んでも良いぞ?」
「だ、大丈夫よ! ちょっと舞い上が――じゃなかった、びっくりしただけだから! それに、折角の肝試しだし、お休みは勿体ないわ!!」
「そっか?」
心配そうなクラウスの顔に胸が『きゅん!』となるエカテリーナ。なんか心配させて申し訳ないな~と思いつつ、それでも心配されて嬉しいな、という相反する気持ちのまま、エカテリーナはにこやかに笑む。だって、勿体ないじゃないか。クラウスと二人きりなんて、一体何か月ぶりか、という話なのに、お休みなんて――
「良いのか? 俺、アレだったら看病もするけどさ?」
「――なんて魅力的な誘い……!」
「……は?」
「な、なんでもない! 良いから肝試し、いこっ!!」
二人きりで看病も捨てがたい! と思いながらも、ぶんぶんと首を左右に振って雑念を追い払うエカテリーナ。勿体ないじゃないのだ、勿体ないじゃ。
「そ、それより! 最近クラウス、忙しそうよね? 何してたの? なんか色々大変そうなのは見てて分かるけど……」
話を逸らすようにそんな話題を振って見せるエカテリーナ。そんなエカテリーナに、クラウスが渋い顔になった。
「……なに? なんか危ない事でもしてるの?」
「あー……危ない事ってワケじゃないけど……まあ、リーナも知ってんだろ? 入学式の『アレ』」
「……勿論よ。開いた口が塞がらないとはこのことか、と思ったもん。まさかあのエドワード殿下が……クラウディア様と仲睦まじかったと思っていたのに……」
頬に手を当てて『残念ね』と息を漏らすエカテリーナ。
「……まあ、普段のエディとクラウディアを知らなかったらそうなるわな」
「え?」
「なんでもねー」
「気になるじゃん。教えてよ~」
「……教えても良いけど……これ、結構な国家機密だぞ? 取り扱いミスったらロブロス家が吹っ飛ぶ……とまでは言わんが、良い事にはならねーぞ?」
「……わー、一気に気にならなくちゃった! うん、ぜーんぜん興味なーい!」
ぶるっと一つ身震いさせるエカテリーナに、『賢明な判断だ』と頷くクラウス。そんなクラウスの姿に、少しだけ眩しいものを見る様な目を向けるエカテリーナ。
「……凄いね、クラウスは」
「あん? なにが?」
「なんていうか……『大人』だな~って。だって、さっきの『国家機密』ってクラウスは教えて貰っているって事でしょ? 私と同い年なのに……凄いな、って」
エカテリーナの尊敬の目にクラウス、冷や汗が止まらない。だって国家機密と言っても『実はディアはずっとエディを虐げてきてたし、ルディの事大好きだった』というだけの事である。まあ、国家的にあんまり女性側が複数の男性に『イイ顔』をするのは良くないし、スキャンダルの香りもしたりするから国家機密ではあるのだが。どっちかと言えば、ゴシップの類である。
「……やっぱり王子殿下の『御学友』は違うね~。あーあ。私も行けばよかったかな~」
少しだけ詰まらなそうにそう言って頭の後ろで手を組んで見せるエカテリーナ。
「んな良いもんでもねー……とはいえねーか。まあ、そこそこ楽しいのは楽しいからな」
今は苦労の方が多いが。
「だよね~。私なんてホラ、領地から殆ど出た事が無いしさ? やっぱり世間知らずの箱入りお嬢様なんだよね~。友達だって少ないしさ~」
エカテリーナの家とクラウスの家は隣同士の領地であり、この二人が幼馴染であるのにルディやエディとは幼馴染じゃないのはこの辺りが理由だったりする。エカテリーナはずっと領地に引っ込んでいたが、クラウスは小さいころから王城に出仕していたからだ。んじゃ、コミュ障のトップ・オブ・トップであるエルマーはどうなんだよ、という話であるが、彼の場合は王都生まれの王都育ち、なんなら領地に一度も行ったことのない、ちゃきちゃきの王都っ子だったりするからだ。陰キャでインドアなエルマーが、『領地までの馬車に乗る』なんて芸当、出来る訳が無いのである。
「だから……やっぱり、わたしも行けばよかったかな~、王都。そうすれば、もっとクラウスと一緒に居れたのに……」
ちらっと頬を赤らめながらそんな事を言うエカテリーナ。そんなエカテリーナに少しだけ息を呑んで――そして、気付く。
エカテリーナが王都に来ていた? それってつまり、クラウディアとか、クリスとか、メアリさんとか……あの、『濃い』面々の中で幼少期を過ごすって事だよね、それってこんな純粋なリーナが、あの三人に『汚染』されるって事だよね、と。
「……そしたら、わたしも……もっと、変われたかも知れないのにな~」
寂しそうなエカテリーナのその言葉に、クラウスはうん、と一つ頷き。
「――うん、来てなくて正解だな!!」
「なんでよ!!」
ダメだよ、あのこゆいメンツに囲まれるのは。




