第百七十六話 女の敵
「あ、アインツ? アインツ・ハインヒマン? え? し、進展?」
「そうだ。お前は小さい時からルディの事が大好きで大好きで仕方ないんだろう? そんなお前とペアを組んで、だ」
とんでもなく、冷めた目で。
「…………俺の恋愛事情に進展があるか? 具体的には彼女の一人でも出来るのか、俺に? 絶対、無理だろう?」
「……アインツも『そういう』の、興味あったんですね……」
「俺をなんだと思ってる」
「いえ……もう、枯れちゃったのかと……」
「枯れてなどいない。俺だって健康な男子学園生だぞ? 出来れば可愛い女の子とデートの一つもしてみたいし、夜会でエスコートだってしてみたい」
そう言って、はぁと大きくため息。
「……もうすぐ、デビュタントがあるだろう?」
「え、ええ。もうすぐと言ってもまだ三か月くらいはありますが……」
「ルディはクラウディア、お前と参加するだろうし、クリスティーナはきっとエドガーと出る。エルマー殿はユリア嬢と出るだろうし……エディはクレア嬢か?」
「いや、クレアちゃんとエドワード殿下は……」
「まあ、難しいかも知れないがな。だが、それでもエディには誰かパートナーが居るだろうしな」
「……まあ」
流石に王子様を一人ぼっちで壁の花にはしないだろう。どこぞの見目麗しいご令嬢がエディの相手をするハズだ。エディが望むかどうかはともかく、だが。
「……俺には婚約者もいないし、このままだと本気で『ぼっち』だ。下手したらクラウスと二人で壁の花だぞ? 流石にそれは……悲しすぎるだろう……」
悲痛な顔をするアインツに、ディアの顔からは驚きの表情が取れない。
「だから、この肝試しには期待してたんだ……! もしかしたら、俺にだって『イイ人』が出来るかも知れないとな! なのに……」
そう言ってずーんっと沈んだ目でディアを見やるアインツ。
「相手がお前だなんて……不憫すぎるだろう、俺……!」
「そ、それは……も、申し訳ありません……?」
なんで私が謝っているんだろう? と思いながら、ディアが小さく頭を下げる。
「……いや、すまない、クラウディア。君に八つ当たりすることでもなかった。つい、本音が漏れたが……まあ、考え方を変えれば、これはこれでよかったのかも知れないな」
寂しそうに笑うアインツに、ディアの胸に得も言われぬ感情が浮かぶ。これは別に、アインツの態度に絆されて、とかではなく。
「あ、あの……私のオトモダチ、ご紹介しましょうか……?」
なんか、物凄く可哀想になってきたからだ。そもそもディア、アインツにはルディ関係で大変お世話にもなっているのだ。
「そ、その、今までアインツには随分お世話になりましたし! もし、アレなら私のオトモダチを紹介して――」
「――遠慮しておく、クラウディア。お前の『オトモダチ』なんだろう? 『お友達』ではなく」
「――……そ、それは確かに……彼女達の事をルディやアインツやクラウス、エドガー程に信頼している訳ではありませんし……」
貴族の『友情』とは多分に利害関係の上に成り立つ。無論、それだけではないが……公爵とか侯爵のような高位貴族になればなるほど、これは顕著に現れるのだ。だからこそ、ディアは言い掛けて唇を噛んで。
「信頼? そんなもの、端から期待していない」
「え?」
「貴族の界隈、それも高位貴族である以上、ある程度『家』の絡みも出てくる。貴族の結婚とは外交の側面もあるからな。最初から、すべてを信頼でき、信用できる相手と巡り合う可能性などゼロに等しいだろう」
違うか? と首を傾げるアインツに、ディアも頷いて見せる。
「……まあ、何時までもそれでは困るがな。何時かは胸襟を開いて……二人で手を取り合って生きていければ良いと思ってはいる。だから、別に最初から信頼云々は期待していないし……そもそも、バカにするな、クラウディア? お前に紹介して貰う? 馬鹿も休み休み言え。そんな事、頼むわけ無いだろう? 俺の事を馬鹿にしているのか、クラウディア?」
そう言って冷たい視線のアインツに、ディアの背中に冷や汗が流れる。
「も、申し訳ありません! べ、別に同情したり馬鹿にしたわけではありません! た、ただ、出会いが少ないと言うならば、少しくらいはお手伝いを――」
「違う」
「――しようと……違う?」
「クラウディアがクラウディアの女友達を紹介しようとしてくれているのは有り難い。そうは言っても、俺には女性陣への人脈は無いからな」
「な、なら!」
「だがな、クラウディア?」
ディアの言葉を遮る様に、アインツはディアに視線を。
「――お前のオトモダチ……皆、慎ましいだろう?」
「え? 死ねば?」
自身の胸部に向けられた視線から隠すように。目の前で両手を交差させてディアはそんな罵声を出した。類は友を呼ぶでは無いが、ディアのオトモダチは総じて胸部装甲に難があり、アインツの好みでは無かったりするのである。




