第百七十五話 アインツ・ハインヒマンは男の子
アインツ・ハインヒマンは代々ラージナル王国で宰相位を継承しているハインヒマン侯爵家の嫡男である。代々のハインヒマン家の当主がそうであった様に、アインツも優秀な成績を持って学園に入学した。具体的には学年トップである。本来、入試トップが新入生代表として挨拶をするのであるが……まあ、王族が居れば話は別、次期王太子の最有力候補であったエディにその座を譲ったのだ。これも別段珍しい話では無いし、まあ良いかとアインツは思っていたのに、まさか『あんな事』になるとは、という感じではあるのだが。
閑話休題、そんな優秀なアインツは、優秀であるがために結構な苦労人でもある。考えても見て欲しい。やらかしたエディの尻拭いに、クレアへの対処、ルディへの即位要請、ディアの恋愛相談と、入学以来こっち、労基もびっくりの八面六臂の活躍をしているのである。クラウスも似た様なものではあるが、そのクラウス自身が直観で動く人間であることから、そのフォローまでたまにしなくてはならなかったりするのである。まあ、何が言いたいかというと、だ。
「……ううう……なんで、なんで……なんでアインツなんですか……ううううう! るでぃ……」
さめざめと涙を流すディアを横目で見ながら、アインツはため息を漏らす。
「……泣きたいのはこっちなんだがな?」
正直、アインツは結構楽しみにしていたのだ、この『肝試し』を。さっきも言ったが、正直色々とアインツの仕事量は多いのである。そら、たまにはのんびり羽を伸ばして楽しみたい気持ちもあるのだ。気持ちもあるし。
「泣きたいのはこっちですって!? どういう意味ですか、アインツ!! 貴方、私とペアだと不満だと云うのですか!!」
ため息の声が聞こえたのか、ディアがアインツに噛みつく。そんなディアにアインツは面倒くさそうに右手を左右に振って見せた。
「……不満か不満じゃないか、と言われれば不満だ。むしろクラウディア、お前は不満だと思ってないと思っていたのか? 俺のペアはお前だぞ? クラウディア・メルウェーズだぞ? そんなの、本気で俺がウェルカムだと思ったのか?」
アインツの言葉に、ディアが少しだけ目を丸くする。普段のアインツは――違った、普段のアインツもまあまあ厳しい事を言うが、こんなふうに全否定でくるアインツはディアの記憶にない。
「あ、あの、アインツ? その……お、怒ってますか?」
恐る恐るそう切り出すディアに、アインツははぁとため息を吐く。
「別に怒ってはいない。少しばかり、カチンと来たがな。不満だと言うのですか? だと? そんなもの、不満に決まっているじゃないか。俺にだって選ぶ権利はある。なあ、クラウディア? なんでお前は今泣いているんだ? ルディとペアじゃなかったからだろう? 俺とのペアが不満だから泣いているんじゃないのか? なら、その逆もまた真だろう?」
「そ、それは……そ、そうかもしれませんけど! でも、そんなに面倒くさそうにしないで良いじゃないですか!! なんですか? 私の事、嫌いなんですか!?」
涙目のまま、じとーっとした目でアインツを睨むディア。そんなディアに、アインツはもう一度右手を左右に振って見せる。
「別に嫌いとは言っていない。というか、嫌いな人間の恋路を――まあ、国家の為というのもあるが、わざわざ手伝ってやろうとは思わん」
「そ、そうですか……」
「正直、お前もエディもルディもクラウスも、得難い幼馴染だと思っているからな。クリスやエドガーもまあ、そうだが……少しばかりあの二人は括りが異なる」
「……ちなみにエルマー様は?」
「……関係性が薄いからな。友達の友達、みたいなイメージはある」
ディアの視線からついっと視線を逸らして気まずそうにそういうアインツ。アインツとて、エルマーと仲良くしたく無い訳ではない。ないがしかし、あまりにも、その……エルマーサイドに問題があるだけだ。
「……話が逸れた。そういう意味で、別にお前の事は嫌いではない。むしろ好きな部類だ。ああ、勘違いするなよ? 男女のどうこうではないぞ?」
「そこは勘違いはしませんけど……では、私でも良いではないですか? 仲良しのお友達となら、そんなに楽しくないことは無いと思いますが……」
「そうだな。それに関しては間違いないだろう。お前との話もあるし、別に問題はない。問題は無いが」
そんなディアの言葉に、アインツは盛大にため息を一つ吐いて。
「進展、しないだろう? クラウディア、君と俺では」
「……はい?」
「……俺も女の子と仲良くしたいんだ。この肝試し、ちょっとだけチャンスだと思ってたんだ。こう、ちょっとだけ、いい雰囲気の女の子とか居れば、少しは学園生活にも潤いが出るかと思ったんだ」
「…………は?」
ポカンとした顔をするディアを置いてけぼりにして、アインツはぐぐっと拳を握り。
「――お前と一緒でも、何にも進展とか無いだろう……!」
アインツの突然のその『告白』に、ディアの目が点になった。




