第百七十四話 正直、ドン引き
「ご、誤解です、ユリア嬢!! 別に『ちょっかい』を掛けているつもりはありません!!」
ユリアのねめつける様な視線に背筋に流れる冷や汗が止まらないエドガー。それでも、流石にこんな誤解はイヤすぎると、エドガーは声を大にして主張しながらユリアと距離を取る。そんなエドガーの態度に、益々瞳に不審の色を湛えて、ユリアはエドガーを射抜く。
「……ふーん。そっか、エドガー殿下。エドガー殿下は『あれくらい』はちょっかいのウチに入らないって? ただの挨拶って事かな? かな、かな? あー、イヤだイヤだ。ちょっと会わない内に殿下がこーんな肉食系になるなんて思って無かったし!!」
ふんっとばかりにそっぽを向くユリア。そんなユリアに、エドガーは『うぐ』と息を詰まらせ、それでも小さくため息を一つ。
「……違うんです、ユリア嬢」
「なにが違うし?」
「その……そうですね、言い訳にしかなっていなかったかもしれません。『ちょっかい』を掛けているのは、掛けているかもしれません」
「やっぱり!」
「でも!!」
言い掛けるユリアを、その言葉で制し。
「――僕は間違っても、クレアの事を『つまみ食い』しようとはしていません。クレアの事は……その、本気食いです!」
「……」
「……」
「……何言ってるし、殿下? 本気食いって……え? 欲求不満?」
一転、冷めた目を向けてくるユリアに、エドガーは慌てて両手をわちゃわちゃと振って見せる。
「ち、違います! い、いえ、言い方悪かったのは認めますが!! っていうか、最初につまみ食いとか言い出したの、ユリア姉さんの方じゃないですか!! 酷くないですか、その梯子の外し方!」
そう言いながらも、『流石にこの言い方はない』とエドガーも思っているので、急いで訂正を入れる。まあ、夕方だし、『そういう』会話があっても絶対ダメとは言わんが、少なくとも今、この二人でする会話ではない。
「……そ、その……く、食いはともかく……遊びでどうのこうのという訳では無いです。ちょっかいを掛けている――と言われると、少しばかり否定したいですが……そうですね、ちょっかいではなく、アピールというか、アプローチというか……そんな感じです」
ぽつり、ぽつりと捻り出すようなエドガーの言葉に、ユリアの柳眉が少しだけ下がり、そしてその眉はますます下がり、まるで困った様な顔に変わる。
「ええっと……つまり、殿下はクレアっちを側室して迎えたいって事……で良いのかな? その為に、一生懸命アプローチしているって認識でおけまる水産?」
ユリアの言葉に、エドガーは首をふって見せる。
「――いえ、出来れば正室として迎える事が出来れば、と思っています」
横に。
「……」
「……」
「……エドガー殿下、もしかしておバカな子になっちゃったのかな? クレアっち、男爵令嬢だよ? エドガー殿下は王太子でしょ? クレアっちを正室って云うのは、ちょっと難しいんじゃないかな?」
「……かなり難しい、とは自分でも思っています。もしかしたら、クレアには望まぬ苦労を強いる可能性も高いとは思っています」
「じゃあ!」
「ですが、それはまだクレアが僕の事を知らないからではないか、とも思っています。希望的な観測になりますが……クレアが『僕と共に歩む未来』を魅力的に思ってくれる可能性はゼロではないではないか、と思っているんです」
「……まあね。殿下の言う通りだよ。恋愛なんて損得でするもんじゃないし」
しぶしぶ、といった感じでユリアが頷く。そんなユリアに、エドガーも一つ頷いて口を開く。
「だから、僕は今、積極的にアプローチしています。少しでも僕の事を知って、少しでも僕の事を好ましいと思って貰える様に……その為に、僕は今、クレアに声を掛けています。ちょっかいとか、つまみ食いとか……そういうちゃちなものではなく」
本気で、クレアが好きだから、と。
「……分かった。それとごめんね? さっきはつまみ食いとか言いだして」
先ほどとは逆、射貫くようなエドガーの視線をじっと受けていたユリアが『はぁ』とため息を吐く。そんなユリアの姿に、エドガーの頬が少しだけ緩む。
「では!!」
「……うん。まあ、クレアっちに対して遊びじゃないって事は分かったよ。その道は茨の道だと思うけどね~」
「覚悟の上です」
決意の籠ったエドガーの視線に、ユリアも苦笑を浮かべる。
「……分かった。それじゃ、さっきのお詫びにエドガー殿下の味方になってあげるし。私とクレアっち、同じ部活だし……エルマーを除いたら一番仲良しな先輩って言っても良いと思ってるし? そんな私が味方についたら、心強いと思わない?」
ユリアの言葉に、エドガーが驚いた顔を浮かべる。
「……よろしいので?」
「そりゃね。それに……まあ、正直エドワード殿下に比べれば、エドガー殿下の方が良いかな、とは思うし? だってそうでしょ? エドワード殿下のしたことってクレアっちをさらし者にしたのと一緒だし。そのせいで、今のクレアっちの立場が超微妙になっているんだし……多分、このままこの国に居てもクレアっち、居場所が超びみょーな感じだし? そう考えると、もしかしたらクレアっちは国外にお嫁さんに行った方が幸せかも知れないし」
そこまで喋って、ユリアは小さくため息。
「……ま、それはこれからの動き次第かな? まあ、今のところはクレアっちにより相応しいのはエドガー殿下かな? って思うから……エドガー殿下の味方をしてあげる。あ、でもクレアっちの選ぶことだから、その辺の味方にはなってあげないよ? クレアっちに嫌われるのもイヤだし……出来るのは精々、アドバイスくらい?」
「充分です! ありがとうございます!!」
そう言って頭を下げるエドガーに、ユリアも一つ頷き。
「よし! それじゃまず最初のアドバイス!!」
「はい!!」
下げた頭を上げて、にこやかな笑顔を浮かべるエドガーに。
「――あんまりクレアっちに構い過ぎるの、止めた方が良いよ? アピールしたいのは分かるけど……こないだ、劇場借り切ったりしたんでしょ? 正直、ドン引きなんですけど~?」
至極真っ当なアドバイスに、エドガーの笑顔が引き攣った。




