第百七十三話 お姉ちゃん最強説
エドガーとユリアは幼馴染である。まあ、ルディとエドガーが幼馴染、ルディとユリアが幼馴染であることを勘案すれば、当たり前と言えば当たり前であるが。
幼少期のエドガーは引っ込み思案な子だった。当時のルディを筆頭に、エディ、アインツ、クラウス、エルマーの男性陣は優秀だったし、ディアも……まあ、最初こそ我儘姫だったクリスティーナも、徐々に『レディ』に成長していた中で、『普通』な人間であるエドガーはその能力値の低さを誰よりも実感し、そしてそれを恥じていたりと……まあ、中々内向きな子に育ったのである。なまじ、地位だけは高かったから余計に。
『――なにしてるのですか、でんか? ホラ、一緒に遊びましょう?』
そんな一人ぼっちのエドガーを輪の中に連れて行ったのはユリアだ。彼女の性質は幼いころから変わらず――言葉遣いはだいぶ砕けてしまったが、優しい、淑女だったのである。そんなユリアにエドガーは懐いた。幼く気弱な王子と、優しく嫋やかな貴族令嬢。目にハートを飛ばしてエルマーを追いかけるユリアを見ていなければ、エドガーがユリアに懸想する未来もあったかも知れない。
それはそれとして――エドガーにとってはユリアは恩人であり、また『姉』の様にとらえていた一人であることは間違いない。言ってみればクリスティーナの次くらいには『仲の良い』女性であるのである。ひょっとしたらディアよりも、ひょっとしなくてもクレアよりは。
「……ううう……えるまーさまぁ……」
不満そうにじとーっとした目でエルマーとクレアの方を見やるユリアに、エドガーは冷や汗が止まらない。
「あ、あはは……ゆ、ユリア嬢? ま、まあそういう事もありますよ! ほ、ほら、気持ちを切り替えて! 今日は楽しみましょう!!」
エドガー、ユリアのご機嫌を取る。だってこのご令嬢、エルマーが絡むとガチで暴走しがちなのである。此処はガス抜きというか、少しでも楽しんで貰って気分を良くして貰おうと思っての行動だ。王族が子爵令嬢になにやってんだ、という話であるが……まあ、幼いころからの力関係は変わらない。
「……」
「ほ、ほら! そんな不満そうな顔をしないで!! きょ、今日は僕も頑張って楽しんで貰える様にしますから! あ! そ、そういえば『エルマー』と『エドガー』って似てますし? ほら、なんなら今日は僕の事をエルマーだとおも――」
「――――あん?」
「――…………なんでもないです」
ギンっと擬音の付きそうな視線を向けるユリアにエルマー、貝になる。お口の前で人差し指でバッテンして見せるミッフィースタイルに、ジト目を向けた後、ユリアは小さくため息を吐いた。
「……はぁ。まあ、仕方ないか~。あんまり私が不満そうにしているとエドガー殿下も気を使うし? 少しは楽しもっか~。うえぇいー、殿下、あげぽよ~?」
「……相変わらず後半、何言ってるか分からないです、ユリア嬢」
本当に。『淑女』の代名詞みたいだったユリアのこの唐突な『ギャル化』を始めて目にしたときはエドガーも卒倒するかと思ったが、慣れって怖い。言ってる意味は分かんないが。
「ま、それは良いよ。っていうか、いいチャンスだったかも知んないし~。殿下と一緒のペアになったら言っとこうと思ってたんだよね~」
そう言ってにっこりと笑うユリア。その笑顔に、エドガーも少しだけ頬を緩め。
「――エドガー殿下、最近クレアっちに『ちょっかい』掛けてるって、マ?」
その頬が引き攣る。言ってることはともかく、あまりにも、あまりにも目が怖いのだ、ユリアの。流石、バーデン家の娘である。まるでインテリヤ〇ザみたいな雰囲気を見せながら、ユリアはにっこりと微笑んだままエドガーまで静かに歩み寄ると、エドガーを下から見上げて。
「クレアっち、大事な後輩なんだ~。エドガー殿下がクレアっちを……そうだね? 『つまみ食い』しようと思ってるなら、私はちょーっち我慢出来ないかな~って思うんだよね! ね、殿下? 殿下はちっちゃい頃からおとなしい子だったよね? そんな肉食系みたいな子だったかな? ね、殿下?」
笑顔だ。笑顔なのだ。間違いなく笑顔なのに、余りにも『圧』が強い。そんなユリアの圧に、思わず声を上げようとして。
「ねえ、殿下?」
ユリアはガシっとエドガーの肩を掴んでその声を制する。そのまま、ハイライトの消えた目でエドガーを上目遣いで睨みつけて。
「――あんまり『おいた』すると……お姉ちゃん、許さないゾ♪」
エドガー史上、最も怖い上目遣いだった。




