第百六十八話 学園教師、ジョディ・ローレルの受難 急
「ちなみになんだが」
「はい? なんですか、ローランド先輩?」
「クレア嬢の仲の良い生徒って誰かいるのか? 担任のお前なら知ってねーのか? そっちの線でクレア嬢のペアを決めるのはどうだ?」
どうだ、このアイデアといわんばかりの笑顔を浮かべるローランドに、ジョディは首を傾げて見せる。
「クレアさんの仲の良い子ですか? それなら……」
人差し指を顎に当てて『んー』と中空を見つめるジュディ。しばしのち、その口から漏れたのは。
「――女の子ならクラウディアさん、クリスティーナ殿下。男の子なら……エドワード殿下とエドガー殿下、アインツ君やクラウス君とも仲良さそう……というか、よく話しているのは見かけますね。ああ、ルドルフ殿下とも懇意みたいです。『オトモダチです!』って言ってましたから」
「……上位貴族を引き付けるフェロモンでも出てるのか、クレア嬢」
王族、公爵、侯爵、伯爵と、ずらっとジョディの口から出て来た言葉にローランドの顔が物凄く引き攣る。まさに、貴族のロイヤルストレートフラッシュと言いたい所だが……クレア自体は男爵なのでブタである。まあ、王族が四人いるのでフォーカードとも言えるのだが。
「……なんというか……そのメンツの中だったらクラウス辺りがギリ釣り合いが取れるけど……」
まあ、伯爵と男爵では天と地ほどの差はあるが、それでも王族や公爵よりはましだ。
「でも……クラウス君、エドワード殿下の幼馴染ですし……」
「あー……そうだな。確かにそれはあんまりか?」
クラウスとアインツ、それにエディの仲の良さは入学前から有名だ。無論、ルディだって仲良しではあるのだが……こう、対外的に見た感じでは目立つのはこの三人なのである。
「……エドワード殿下にヘソ曲げられても、か」
「です。それに、クラウス君だってやりにくくなると思いますよ? 次期近衛騎士団長でしょう?」
「そこはどうなるか未確定――というか、その線は結構薄いけどな。でもまあ、ジョディ先生の言った通り、あんまり良い事にはならなそうだ……っていうか、マジで難解なパズルじゃん、これ。もうちょっとどっかに解決策はねーのかよ。おい、ちょっと身上書、貸して見ろ」
『これです』と渡された書類をパラパラと捲る。ルディ、エディ、クラウス、アインツ……と順々に見回し、大したヒントも無いかとため息を吐きかけてクレアの身上書に目を通して。
「……うん? あ!! こ、これ!!」
不意にローランドの口から声が上がる。
「ジョディ先生! に、二年!! 二年の身上書!!」
「に、二年生ですか? ユリアさんとエルマー君? え、ええっと……あ、ありました!」
渡された書類を引っ手繰るように奪うと、エルマーの身上書に視線を走らせる。真剣な顔付だったローランドの表情が、身上書を読み進める毎に笑みに変わって。
「――これだ!!」
喜色満面な笑顔でローランドが叫ぶ。そんなローランドに、テンパったジョディが声を掛けた。
「こ、これ? ど、どれですか!?」
「見て見ろ、ジョディ先生!! クレア嬢の所属クラブ!!」
「所属クラブ? ええっと……技術開発部……え? ぎ、技術開発部!?」
「そうだ!! 技術開発部だ!! 技術開発部の部長と言えば!!」
「「――エルマー(君)!!」」
「わざわざあの偏屈なエルマーの部活に入ったんだ!! クレア嬢とエルマー、仲は良好だろう!?」
「そ、そうですね!! エルマー君が偏屈――というか、ずっと技術開発部登校で、あまり人付き合いが好きじゃないのは知っています!! そんなエルマー君と一緒の部活なら!!」
「そうだ! それに、これならエドワード殿下とエドガー殿下にも言い訳出来る!! 『同じ部活なようですし、二年生のエルマー君と組ませました』とな!!」
「確かに!! あ、でも……ユリアさんはどうしましょう? 二年生一人ぼっちに……」
「案ずるな! ユリア嬢はテニスサークルだし、後輩とのコミュニケーション能力も高い!! 誰と組んでも問題ないさ!!」
「そ、そうですよね!! なら……あ! そういえばユリアさん、ルドルフ殿下とも仲が良いと聞きました! 幼馴染なんですよね、あそこも!!」
「ナイス、ジョディ先生!! それならそのペアだな!!」
断っておくが、ナイスじゃない。
「クラウディアさんはどうしましょうか?」
「クラウディア嬢はアインツかクラウス……まあ、アインツだな。ほれ、あそこも幼馴染だろ? 仲は悪くなかったはずだし、これならクラウディア嬢の懸念である『周りの目』も気にならないだろう? 事実、学園でも良く話しているしな!!」
「す、凄い! 凄いです、ローランド先輩!! 一気に解決です!!」
「エドガー殿下とクリスティーナ殿下は……まあ、二人で回って貰うか? ああ、でも……それじゃ流石に楽しくないか?」
「あ……そ、そうですね。仲の良い御兄妹ですが……折角、我が学園の門戸を叩いたのに、同郷の二人でペアと云うのも……」
「……んー……ああ! なら、クリスティーナ殿下とルドルフ殿下のペアにするか!! それなら問題ないんじゃないか? ほら! あそこも幼馴染で仲が良いだろう! 噂じゃ、クリスティーナ殿下、いっつもルドルフ殿下に求愛しているって聞くし!」
「た、確かに!! その噂、聞いた事あります!! クリスティーナ殿下、随分ルドルフ殿下に『お熱』だとか!!」
「と、なると……ユリア嬢はエドガー殿下とにするか! ユリア嬢の持ち前のコミュ力なら、エドガー殿下とも大丈夫だろ! まあ、あのくだけた口調は気になるが……」
「それはきっと大丈夫です! ユリアさん、社交界ではちゃんとしてますし! 有名ですよ、女性の間では! 学園と社交界で人が変わったようって!」
「そうなの? 俺、最近パーティーとか行ってないしな~」
少しだけ詰まらなそうにそういうローランド。そんなローランドに、一瞬、びっくりした様な顔を浮かべて――そして、ジョディは笑む。
「ふふふ。それじゃ……今度、一緒に行きますか? エスコートしてくださいよ?」
「……良いのか?」
「勿論。こちらからお願いしているんです。私のピンチを救って下さった……白馬の王子様に、ね?」
「ジョディ先生……」
「……ジョディって呼んでください。その……ろ、ローランド様」
そう言って照れくさそうに、それでも妖艶に笑って見せるジョディに、ローランドの胸が『とぅんく!』とときめき――そして、その後、『やっぱ手伝うんじゃなかった!!』という感想に変わるまでは、夜を待たなければならなかった。ちなみに、完全に玉突き事故でルディのパートナーを射止めたクリスティーナだが、これを人は『無欲の勝利』と呼ぶ。




