第百六十七話 学園教師、ジョディ・ローレルの受難 破
完全に困った顔――というより半泣きの顔をするジョディに、ローランドも同様に困り顔を浮かべ、思う。
――首、突っ込むんじゃなかった、と。
よくよく考えれば、ジョディのクラスは……まあ、言葉を選ばず言えば『問題児』の巣窟なのである。流石にそのクラスのペア分けを考えるのはローランド的にもちょっと、なのである。なのであるが。
「……ろーらんど……せんぱぁい……」
うるうるお目目でこちらを見上げるジョディを見ると、『あ、用事あったんだ、ごめーん』とさっさと退席できるもんでもない。ジョディの容姿がローランドの好みだったこともあるが……まあ、彼も『先輩』なのだ。可愛い後輩の危機なら、助けてやるか! くらいの男気はあるのである。悪い奴ではないのだ、ローランド。ちょっと助平なだけで。
「……そんな顔をするな、ジョディ先生。分かった、俺も一緒に考えてやるから」
そう言って苦笑するローランドに、ジョディの顔もぱーっと明るくなる。庇護欲――というよりもう、殆ど保護欲だが、保護欲をそそるその顔に、ローランドは苦笑を微笑に変えて。
「――ちなみに、クラウディアさんからは『是非、ルドルフ殿下とペアを』と言われています」
「あ、急用思い出した。ジョディ先生、また――」
席を立ちかけたローランドの袖をぎゅっと握りしめるジョディ。その力の強さにぎょっとしてそちらを見やると、ジョディがハイライトの消えた目でローランドを見つめていた。はっきり言って、怖い。
「は、放せ! 離せじゃないぞ! 放せだ! 解放しろ!!」
「放しません!! 地獄に落ちるなら共にです!!」
「地獄って言ってる!? 良いから――って、つよっ!! 力、つよっ!! お前、何処にこんな力を隠し持ってやがった!!」
主に、火事場の馬鹿力である。離そうとしても離れないジョディの手と格闘すること数分、諦めたローランドは再び椅子に腰を降ろす。
「……分かったよ。一緒に地獄に落ちてやる」
「……ローランド先輩……! ありがとうございます!! この御恩は必ず!!」
「……まあ、お前も可哀想だな~とは思ってたしな。少しくらいは手伝ってやるよ」
はぁ、と息を吐いて頭を掻きながら、ローランドはジョディに視線を向ける。
「んで? クラウディア嬢はなんでルドルフ殿下と一緒が――ああ、幼馴染か、確か」
「です。『エドワード殿下との『アレ』で、少しばかり周りの目が……その点、ルディとなら兄弟の様に過ごしていますので……』との事です」
「……まあ、そっか」
ジョディの言葉に、ローランドも鷹揚に頷く。言うまでも無いが、こんなの、ディアの真っ赤な嘘だ。嘘だが……まあ、他の誰がディアとペアになっても不幸な事に鑑みるとこれが一番ベストな組み合わせと言えばベストな組み合わせだったりする。
「でも、それもあんまりじゃねーか?」
「……そうなんです。特に今回の一件、メルウェーズ公も大層お怒りとの事ですし……あまり、王家とのペアは……」
「……だよな~」
まるで難解なパズル。そんな思いから、頭を抱えるローランドに、ジョディは遠慮がちに。
「……ちなみに、なんですが……」
「……まだなんかあるの?」
「……学年主任から、『二年生も君のクラスに入れてペア分けをしてくれたまえ』って……」
「……あのハゲ……」
ローランドの脳裏に、めっきり頭部が寂しくなった学年主任の姿が浮かぶ。なんでもかんでも若手に押し付けやがって、という感想と憤りのない怒りがローランドに浮かぶが、此処で怒っても仕方ないと思い直し、ローランドはコホンと一つ咳払い。
「まあ、そのペアは後々考えるとして……問題はクレア嬢だな」
「……そうですね。一応、クレアさんにも意見を聞いたんですが……」
一息。
「『――誰でも良いですよ? ああ、私の方は誰でも良いんですが……お相手の方が可哀想ですし……私、一人で行きましょうか? 肝試し。山育ちなんで、暗い夜道とか慣れていますし』と……」
「……不憫すぎる」
教師陣の中ではクレア・レークスの扱いにほとほと困っている。困っているが……これは別にクレアが悪い訳では無い事も重々承知しているのだ。なのに、なんで誰もクレアに救いの手を差し伸べないかという事になるが……サラリーを貰って働いているのだ、教師陣だって。サラリーを貰っているのだが。
「……です。かといってクレアさんを誰とペアにするかという話ですが……」
「……他の生徒も楽しめないといけないしな~。もうクレア嬢はアレにするか? ランダム抽選の方に入れるか?」
「……それは流石に。クレアさんにも少しでもいい思い出になって欲しいですし、叶うなら、クレアさんが少しでも仲の良い人と一緒のペアの方が」
「……だよな~」
こういう先生もいるのだ。まだまだ捨てたもんじゃないぞ、クレア!




