第百六十三話 バーデン家だぞ? あのバーデン家だぞ?
「それで? エディとエドガー殿下は何を喧嘩しているんだ? さっきから雰囲気が悪い様だが?」
遠い目から立ち直ったエルマーの言葉に、クラウスが『……半分はお前のせいだけどな?』という至極真っ当な突っ込みを入れ、それを無視しつつ首を捻るエルマー。そんなエルマーに、エドガーは苦笑を浮かべて見せる。
「殿下はいらないよ、エルマー。久しぶりだね?」
「そうか。それではエドガー、久しいな。息災か?」
「お蔭様で」
「何よりだ。まあ……喧嘩が出来るんだしな。元気なんだろう。どうした? 何かあったのか?」
再び首を捻るエルマーに、アインツが少しだけ気まずそうに口を開く。
「……エルマー殿。その、二人は少しばかり意見の相違……というか、こう……大事なものが被ったというか……ええっと……」
「どうした、アインツ? 常のお前らしくない。何をそんなに言葉を選んでいるんだ?」
アインツの言葉にきょとん顔を浮かべるエルマー。そんなエルマーに、内心『空気読め!!』と突っ込みつつ思案顔を浮かべるアインツに、クラウスがため息を一つ。
「エルマー。今、エディとエドガーの好きな子がダダ被ってるんだよ。だからまあ、お互いに譲れねーっていうか……まあ、そんな感じ」
『恋のライバルってやつだな』と軽く言うクラウスに、エルマーは『ふむ』っと頷き。
「ああ、痴情の縺れか」
「エルマー殿!? 言い方!! 言い方があるでしょう!?」
エルマーの声にアインツ、びっくり。いやまあ、その通りはその通りであるのだが、普通に言わないだろうという事を平気で言うのが、エルマークオリティである。そんなアインツの言葉に、エルマーはきょとん顔を浮かべて見せた。
「なにかおかしいか? エディはクレアに告白したんだろう? 今の話で言うとエドガーもクレアの事を憎からず思っているのだろう? なら、『そういう』関係になっても不思議では無かろう。まあ、友人同士、仲良くすれば良いとは思うが……」
はぁ、とため息を一つ。
「……そう上手く行かないのが『恋愛』というものだろう? 一度きりの青春、一度きりの人生だ。熱くなるのもまあ……良いのではないか?」
肩を竦めて見せるエルマーに、全員が全員、ぽかんとした顔を浮かべる。お互いに顔を見合い、『お前、言え!』という視線を感じたルディが代表してコホンと咳払いを一つ。
「ええっと……貴方、誰ですか?」
ルディの言葉に全員が全力で頷く。およそ、『熱い』とか『青春』とかの単語が似合わない彼からの言葉だ。そら、全力で頷く。そんな全員の視線を受け、エルマーはイヤそうに顔を顰めて見せる。
「……エルマーだ。エルマー・アインヒガーだ。何を言っている、ルディ? 俺が俺以外の誰かに見えるか?」
「あー……いや、顔はエルマー先輩だけど……っていうか、僕たち全員似ているからワンチャン、中身がクラウスのエルマー先輩の線も……ああ、でも、クラウスは『青春』とか言わない気がするし……やっぱ、誰ですか、貴方?」
ルディの失礼な言葉に、冷めた目を向けるエルマー。そんなエルマーの肩をガシっと掴む影があった。アインツだ。
「……エルマー殿、本当にどうした? 何か悪いものでも食べたか? それとも、悩み事があるの――ああ、そうか! この林間学校がストレスだったんだな!! 分かった!! 向こうに付いたら先生に言ってやる! 直ぐに帰ろう!! エルマー殿の『巣』である、技術開発部の部室に!!」
「……お前も大概酷いな、アインツ。失礼な事を言うな。俺は正常だ」
暑苦しく掴むアインツの手を『ぺい』として、エルマーは大きなため息を一つ。
「……言うんだよ、ユリア嬢が。『青春』とか『恋愛』とか……『人生』とか」
「「「……ああ」」」
「……ユリア嬢の言葉を三日三晩、寝物語に聞かされて見ろ? 多少なりとも感化されるものがある。まあ……あれは殆ど洗脳だがな?」
そう言って疲れた様にため息を吐いて見せるエルマー。皆が皆、なんとも言えない表情を浮かべている中で、クラウスが『ピン』ときた表情を見せる。
「あれ? 三日三晩? 三『晩』? え、ええ? ま、まさかエルマー、三日三晩、ユリア嬢の家にお泊りしたのか!? え? な、なんだよそれ!! お前、もしかして一人で大人の階段登った感じなのか!?」
「クラウス!! 品が無いぞ!!」
クラウスの言葉に、アインツの叱責が飛ぶ――も、彼もそうは言っても男子学園生だ。『そういう』話に興味が欠片もない様な聖人君子な生活はしていないし……恋愛真っ只中のエディやエドガーにとっても、『そういう』……なんか甘酸っぱさそうな話は興味がある。別に恋愛話は女子学園生の特権じゃない、と言わんばかりに興味津々の顔を浮かべる全員に苦笑を飛ばして。
「――――バーデン家、だぞ?」
「「「「…………」」」」
「バーデン家に、三日三晩だぞ? しかも、ユリア嬢だぞ? 色っぽい話になると思うか? さっきも言ったが……あれは殆ど、洗脳だ」
そこまで喋り、無言の圧。重苦しい雰囲気の中、今度も『お前が言え!』の視線をお互いに飛ばし合って。
「……なんか、ごめん」
その言葉と同時に頭を下げたクラウスに倣う様、全員で頭を下げた。エルマー、強く生きてくれ。




